第21話深淵の門、開門
「……ついに、来やがったか」
タワーマンションの最上階バルコニー。手すりに寄りかかり、淹れたてのコーヒーを片手に空を見上げる。
東京の、いつもなら眩しいはずの夜景が、不自然な闇に包まれていた。
新宿の上空。空間がバリバリとガラスのようにひび割れ、そこからどろりとした漆黒の『渦』が溢れ出している。
宮治総理が言っていた、世界滅亡の予兆、大災厄『深淵ダンジョン』の開門の瞬間だった。
空気そのものが重く澱み、肌を刺すような邪悪な魔力が、街全体に降り注ぐ。
ウゥゥゥゥゥ――ッ!!
都内全域に、これまでに聞いたこともないような不気味な緊急災害アラームが鳴り響く。
スマホの画面を開くと、ニュース速報の通知が1秒間に数十件もスマホを震わせた。
『新宿上空に測定不能の超巨大ダンジョン出現!』
『避難指示、レベル5! 政府は直ちに国家緊急事態を宣言!』
『世界ランク上位の冒険者たちが現場へ急行中!』
ネットの掲示板やSNSは、完全にパニック状態だった。
『世界が終わる……』
『あの渦、何なんだよ!? 見てるだけで頭がおかしくなりそう……』
『佐藤誠はどこだ!? あの時間を操る男なら、あれを消せるんじゃないのか!?』
「おいおい、勝手に俺を救世主扱いするなよ。俺はただの元社畜だぞ」
小さく呟き、コーヒーを飲み干す。
その時、部屋の固定電話がけたたましく鳴り響いた。画面に表示されたのは「内閣官房」の文字。
「佐藤くん! 宮治だ! ついに、ついに始まってしまった……!」
受話器の向こうから、総理大臣の震える声が聞こえる。背後では、大勢の人間が叫び、指示を飛ばし合う大混乱の音が混じっていた。
「分かってる。ベランダからよく見えてるよ、総理」
「我が国の、そして世界中から集まった最高峰の『Sランク冒険者』たちが、今まさに決死の覚醒戦を挑もうとしている。だが、ギルドの観測データによれば、敵の防壁は現代兵器もあらゆる大魔法も完全に無効化してしまうのだ……! 佐藤くん、君の力だけが最後の希望なのだ!」
総理の、泣き叫ぶような必死の懇願。
国家のトップが、一人の男の気まぐれに世界の命運を託して震えている。かつて上司の顔色を窺っていた俺が、今や地球の生死を決める鍵を握っているのだ。
「いいよ。世界のトップたちには、これからも俺の『従順な犬』として働いてもらわなきゃ困るからな。ちょっとその深淵の門とやら、サビつかせに行ってやるよ」
「おお……! 感謝する! 君の移動のために、国家最高の護衛部隊とヘリを――」
「要らない。時間を操れば、移動なんて一瞬だ」
俺は受話器を置き、自分の周囲の時間に意識を向けた。
『時間加速』。自分だけの時間を、周囲の万倍に進める。
次の瞬間、俺の姿はタワーマンションの部屋から、かき消えるように消失した。新宿の戦場へ、俺は一歩を踏み出す。
読んでいただきありがとうございます!
評価とブックマークしていただけると嬉しいです!
次回もお楽しみに!




