第15話「若帰り」という究極の報酬
総理大臣との極秘会談を終えた翌日。俺は都内の一等地にある、一般の人間は名前すら知らない超高級会員制病院の最上階にいた。
広大なVIP病室のベッドに横たわっているのは、痩せ細った一人の老人。日本最大級の財閥を率いる総帥であり、世界的な大富豪として知られる岩崎だ。
「佐藤……様、ですな。わざわざ足を運んでいただき、恐悦至極……」
岩崎は人工呼吸器を外し、枯れ木のような声を絞り出した。その顔は死相が漂い、いつ息を引き取ってもおかしくない状態だ。
病室の壁際には、岩崎の親族や専属の医師たちがずらりと並び、誰もが緊張の面持ちで俺を凝視している。
「岩崎さん、話は総理から聞いてる。あんたの余命は、あと数日らしいな」
俺はベッドの傍らに立ち、ポケットに手を入れたまま見下ろした。
「はい……。最先端の医療も、魔法の回復薬も、私の『老い』を止めることはできませんでした。人間、どれほど金を積んでも、失った『時間』だけは買い戻せない……そう、諦めておりました。しかし、あなた様の噂を聞き、最後の希望を賭けたのです」
岩崎が、震える両手を俺に向かってすがるように伸ばす。
「おい、佐藤とか言ったな! 本当にじいさんを治せるんだろうな!? もし嘘だったら、ただじゃおかないぞ!」
後ろから、ブランド物のスーツを着た岩崎の孫らしき若い男が、虚勢を張って怒鳴ってきた。
俺はそいつを一瞥すらしない。
「静かにしてろ。俺がその気になれば、お前の時間もまとめて進めてやるぞ」
「ひっ……!」
男は一瞬で顔を青くして口を閉ざした。ギルドの黒岩が失脚したニュースは、当然このレベルの権力者たちにも回っている。俺に逆らうことが何を意味するか、本能で理解したらしい。
「岩崎さん。あんたは善良な経営者だと聞いている。俺を使い捨てにしたどこぞのブラック企業の社長とは違う。……いいだろう、あんたに『1年分の時間』を分けてやる」
俺は岩崎の乾いた額に、そっと右手を触れさせた。
――『時間逆行』。貯蓄した寿命から、1年分を譲渡。
ピキィィィン、と部屋の空気が微かに鳴動した。
俺の体内に蓄積されている何百年という寿命の中から、ほんのわずかな「1年分の生命力」が、俺の手を通じて岩崎の身体へと流れ込んでいく。
「あ、ああ……っ!?」
岩崎の目が大きく見開かれた。
その瞬間、病室にいた全員が「嘘だろ……」と驚愕の声を上げた。
岩崎の真っ白だった髪の根元から、瑞々しい黒髪が急速に蘇り始める。深く刻まれていた顔のシワが、まるでアイロンをかけたように滑らかに伸びていき、土色だった肌に健康的な赤みが差し込んでいく。
ピーピーと鳴り響いていた医療機器の心拍数や血圧の数値が、一瞬で「健康な60代」の基準値へと劇的に回復していった。
「身体が、軽い……! 呼吸が楽だ……! 奇跡だ、本当に時間を巻き戻したのか……!」
岩崎はベッドから勢いよく飛び起き、自分の両手を何度も握り締めた。さっきまで死にかけていた老人が、完全に自分の足で力強く立っている。
「1年分だけだ。不摂生すればすぐ死ぬから気をつけろよ」
俺が手を離すと、岩崎はその場に膝をつき、俺の靴の前に深く頭を下げた。
「佐藤様……! 感謝いたします! 命を救われたこの恩、決して忘れません! 私の財閥の資産、情報網、すべてをあなた様のために捧げます! あなた様に敵対する者がいれば、我が岩崎財閥が総力を挙げて社会的に抹殺いたしましょう!」
世界屈指の大富豪が、俺の足元で信者さながらに這いつくばっている。
金で寿命は買えない。だが、今の俺は、その寿命を自由に販売できる『神』のような存在なのだ。
「バックアップは多い方がいい。頼んだぞ、岩崎さん」
俺は極上の優越感を胸に、病室を後にした。これで日本の国家だけでなく、経済界のトップまで完全に俺の配下に置いた格好だ。
だが、俺のこの常軌を逸した影響力を、海の向こうの国々が黙って見ているはずがなかった。
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