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からくりドッヂボール  作者: 水前寺鯉太郎


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第8話:洗礼

第8話:洗礼


1 燃える肺、消える青灯


 コートに踏み込んだ瞬間、しょうたは自分が場違いであることを全身で知った。

 動き回るボールが三種、空中を縦横に切り裂いている。赤ボールだけが別格だ。軌道が読めない。風圧が違う。かすりでもすれば、それで終わる。

 走った。躱した。また走った。激しく息を吸うたびに、肺の奥が燃えるように熱い。ヒュー、という細い音が喉の奥から漏れ始める。止まらない。

 腕のリストバンドが震え、ゲージが警告色に変わった。

【LIFE:100 → 80 / CAUSE:RESPIRATORY FAILURE(原因:喘息によるもの)】

 黒ボールにも赤ボールにも当たっていない。それでも、エレクトリック・ブルーのセグメントが一つ、プツンと消えて赤く染まった。からくりドッヂボール協会の公式ルールには、一項が存在する——慢性疾患による試合中の身体機能低下は、ライフ減少として計上される。しょうたはそれを登録時に知っていた。知っていて、サインした。

 自分の体が、自分を壊している。

 コートの隅へ追い詰められていく。壁が近い。赤ボールが弧を描いて頭上を掠める。逃げ場が、ない。


2 逃亡者の思考、設計者の視界


 「おい、死にぞこない! 赤に当たって消え失せろ!」

 ガンツの声が飛んだ。直後、アタッカー二人が左右から展開してくる。ブルが正面に、ナオが斜め後方から回り込む。さらに背後では、赤ボールが壁を蹴って角度を変えた。前からも、後ろからも、逃げ道が塞がれていく。

 パニックになりかけた頭の中に、山田の声が響いた。

 ——どこに穴がある。

 しょうたは一瞬だけ目を閉じた。

 逃げるか。踏ん張るか。

 目を開けた時には、体が動いていた。赤ボールの軌道へ向かって、まっすぐ。

 「あいつ、自殺か!?」

 観客席から声が上がった。だがしょうたの目は冷えていた。赤ボールは「脅威」ではなく「壁」だ。自律稼働する軌道を壁として使えば、後ろから来るナオの射線が完全に遮断される。ブルの視界も、一瞬だけ赤ボールの陰に入る。その一瞬が、欲しかった。

 赤ボールがしょうたの耳元を掠め、壁へ激突した。轟音。粉塵。その煙幕の向こうで、しょうたはすでに次の位置へ動いていた。


3 一対一の設計


 混戦が、一気にシンプルになった。

 しょうたが引き込んだのは、ブル一人だけだ。乱戦を強引に絞り込み、狭い空間での追いかけっこへ変えた。小さな体で急旋回を繰り返し、ブルの巨体を誘導する。左へ、右へ、また左へ。

 ブルの足が、一歩ずれた。

 しょうたはその一歩が、赤ボールの次の通過軌道上に重なるのを計算していた。コートの混沌が、彼の目の中では単純な「線」に見えていた。どこから何が来て、どこへ向かうか。線と線の交差点だけを追っていればいい。

 「バカな、人間が赤ボールを誘導してやがる!」

 工藤の声がベンチから飛んだ。ブルが気づいた時には遅かった。赤ボールが通過する。ブルのウォッチが激しく鳴った。

【LIFE:100 → 0】

 巨漢が膝から崩れ、外野へ向かう。観客席が、初めてレインボーガーディアンズへ向かって沸いた。


4 短すぎる決別


 しょうたが作った隙に、タイシが踏み込んだ。

 人垣が割れるように、タイシがコートの中央へ出てくる。その先に、ガンツがいた。二人の間に、黒ボールが一つ転がっていた。

 かつての相棒。かつての路地裏。かつての「ゴミ溜め」。

 ガンツが何かを喚こうとした。口が開く。だがタイシはそれを聞かなかった。一歩だけ踏み込み、短く、重く、言葉を一つだけ投げた。

 「——アウトだ、ガンツ」

 黒ボールが放たれた。弾丸のように、まっすぐに。ガンツの胸元へ突き刺さった。ウォッチが鳴る。外野へ向かうガンツの背中を、タイシは一度も見なかった。

 しょうたは壁に手をついて、息を整えた。ヒュー、という音はまだある。ゲージの赤いセグメントも、まだそこにある。それでも左手は、しっかりと握れた。

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