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からくりドッヂボール  作者: 水前寺鯉太郎
リーグ編

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7/80

第7話:外野から見える景色

 〈D25廃棄スタジアム〉。その胃袋に放り込まれた瞬間、ショウタを襲ったのは圧倒的な「命の値段」の差だった。

 天井を埋め尽くす巨大ホログラムには、リアルタイムで乱高下する選手たちの「残存生存率」と「配当金」が表示されている。上層の特別席では、富裕層たちが冷えたシャンパンを傾けながら、下層のゴミ溜めから這い上がってきた亡者たちが、文字通り「解体」される様を指を動かして愉しんでいた。

 ピーーーッ!

 鼓膜を劈く、耳障りな電子ホイッスル。

 それは一方的な屠殺——三部リーグ(ディビジョン・スリー)の開幕を告げる、鉄のカーテンが上がる音だった。

「……く、そっ!」

 コート中央。清盛キヨモリが、地を這うような低空回避で黒い金属球を躱す。だが、ガンツの投じる一撃は、当てることなど目的としていない。

 狙いは、生身の「関節」だ。

 清盛の着地点をミリ単位で予測し、硬いコンクリートと足首の隙間へ、時速二百キロの弾丸がねじ込まれる。衝撃波で床の破片が爆ぜ、清盛の頬を切り裂いた。

 ここには機人フルメタルリーグのような優雅さはない。あるのは、相手を「再起不能リタイア」へ追い込み、その肉体を部品パーツへと変えるための、冷徹な暴力の算数だ。

 開始から一分。コート中央のハッチから、三球の「マルチボール」が射出された。

「タイシ、焼いてまえ!」

 清盛の怒号。待機していたタイシが、右腕の「衝撃反射装甲リフレクト・パッチ」を唸らせた。

 彼は脳内のセーフティを無理やり引き千切り、生身の神経を機人並みの出力で駆動させる——一分限定の禁忌、身体過駆動オーバークロック

 蛇のような血管が首筋まで浮き上がり、毛細血管の破裂によって両眼が鮮血の色に染まる。全身から、汗と熱気が混じり合った「赤い蒸気」が吹き出した。

「おおぉぉぉっ!」

 タイシが装甲を突き出し、迫り来る赤球を真正面から叩き伏せた。スタジアム中に爆音が響き、上層の観覧席から「的中」を告げる無数の通知音が地鳴りのように湧き上がる。

 だが、ベンチから古い解析デバイスを覗くショウタの目には、別の真実が映っていた。

(……ダメだ。タイシさん、ガンツの『殺意』に呑まれてる!)

 憎悪に目を奪われたタイシ。その視界の端——死角から、サブアタッカーが放った青い振動球が、空気を切り裂きながら肉薄していた。

「山田っ!」

 清盛の声が届くより早く、タイシの影から双子の兄・山田が飛び出した。

「——っな!」

 タイシを庇うように割り込んだ山田の左肩に、振動球が食い込む。

 ドガァァァンッ!

 肉と骨がひしゃげる不快な重低音。山田の体が数メートル吹き飛び、壁に激突して跳ね返った。

 リストバンドのウォッチが、ライフの喪失を無慈悲な電子音で告げる。

 【Team Street Dogs:Life -80 / 残存 420】

「兄貴ィッ!」

 ベンチで悲鳴を上げた弟・浜脇を、工藤が冷徹に制した。

「……チッ、あばよ。一足お先だ」

 山田は折れた腕をだらりと下げ、血の混じった唾を吐き出しながら、不敵に笑って「外野アウトフィールド」へと歩き出した。

 内野から外れた者は、敵陣の背後に回り込む——ドッヂボールの基本にして、唯一の逆転への布石。タイシは唇を噛み、己の未熟さに立ち尽くした。

「……次だ。行くぞ、ショウタ」

 工藤に肩を叩かれ、ショウタは立ち上がった。

 肺の奥が、冷たいカミソリを飲み込んだように痛む。

 コートの境界線で、外野へ向かう山田とすれ違った。

「……見てたろ、新入り。何か、見えたか」

 山田の低い問い。ショウタは、デバイスを握る指に力を込めた。

「ガンツには、癖があります。彼は投げる〇・二秒前、必ず右目のセンサーを一回だけタイシさんに向け、照準を『固定ロック』する。標的を確実に仕留めることに執着しすぎて、弾道の微調整が、その瞬間に止まっている」

「……へっ」

 山田が血まみれの口元を吊り上げた。

「上出来だ。——外野から見える景色は、コートの中じゃ絶対に見えねえ。その『理屈ロジック』で、あの狂犬の首を獲ってこい」

 彼は折れていない方の拳を、ショウタの胸に突き当てた。

 血のついた、だが、母の指先よりもずっと熱い、命の温度だった。

 ショウタは白線を越え、コートへ踏み出した。

 上空のディスプレイには、三十二倍のオッズとともに、彼の痩せこけた姿が晒されている。

 正面に立つガンツが、新しい黒球を義肢で弄びながら、爬虫類のような目で嗤った。

計算ロジックは、暴力の前にひれ伏す。それを教えてやるよ、ガキ」

 ショウタは血の滲む左手を、静かに、しかし壊れるほど強く握りしめた。

「……やってみるよ。僕の『肺』が、お前の暴力に追いつくかどうか——」

 野良犬たちの逆襲が、今、ゴミ溜めの底から始まった。

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