第6話:スラムの礼儀
第6話:スラムの礼儀
1 拒絶の礼儀
試合前夜。D25廃棄スタジアムから二ブロック離れた安宿の廊下は、煤と湿気が染みついて壁が黒ずんでいた。
しょうたはタイシの部屋の前で立ち止まり、ドアをノックした。返事はなかった。だがドアの向こうから、規則正しい風切り音が聞こえてくる。構わず扉を開けた。
タイシは狭い室内で素振りを続けていた。ベッドも机も端へ押しやられ、床の真ん中だけが空いている。汗が顎から落ちるのも構わず、バットを振り抜く。その目は、ここではないどこかを見ていた。
「タイシさん……明日、本当に行くんですか。ガンツって奴、普通じゃない」
タイシは答えない。バットが鋭く空を裂き、その風がしょうたの頬をかすめた。
「ガキ、一つ教えてやる」
振り終えたまま、タイシは前を向いたまま言った。
「スラムの礼儀ってのはな、他人の背負いものに口を出さないことだ。……死にたくなけりゃ、明日は俺の後ろから一歩も出るな」
突き放すような言葉だった。だがしょうたは、タイシがバットを握り直す瞬間を見た。拳が、白くなるほど震えていた。
2 失敗作の共鳴
屋上へ出ると、夜風が煤の匂いを連れてきた。
ミドルシティの夜景は綺麗ではない。上層から漏れる光が雲に反射して、空がぼんやりとオレンジに濁っている。しょうたは手すりに背を預け、息を吐いた。
先客がいた。
スエが月明かりの下にしゃがみ込み、無言で自分の義腕を分解していた。工具を持つ右手が淡々と動く。外された銀色のパーツが、一つずつ丁寧に並べられていく。
「……スエさんは、怖くないの?」
しょうたが問うと、スエは手を止めずに答えた。
「恐怖はプログラムされている。だが優先順位は低い」
義腕の関節部を磨きながら、続けた。
「私は工場の廃棄ラインから拾われた失敗作だ。タイシもスラムの捨て犬だった。清盛は強豪チームを追われた。サクラは……サクラはまだ自分で言っていない。みんな何かの失敗作か、どこにも居場所がない者たちだ」
スエは初めて手を止め、しょうたを見た。感情のない瞳だ。だがその視線には、妙な重さがあった。
「……お前もだろう、しょうた」
しょうたは何も言えなかった。喘息。貧困。蒸発した父。機械になれない体。ずっと負い目だと思っていたものが、この屋上では違って見えた。入隊資格だ、とスエは言わなかった。だがその目が、そう告げていた。
スエは義腕のパーツを静かに組み直した。銀色の指が月光を跳ね返す。
3 賭け値の残酷
同じ夜、スタジアムの上層ラウンジでは、シャンパングラスが揺れていた。
富裕層たちが、ホログラムのオッズ画面を囲んでいる。試合は明朝だ。ベットの受付は既に始まっていた。
「このレインボーガーディアンズとかいうチーム、全員生身か。ライフ合計が五百しかない」
「機人一体分だな。赤ボールが入った瞬間に終わる」
「レインボーガーディアンズが何分で壊すか、そこに賭けよう。俺は三分以内に一票」
笑い声が上がる。ホログラムに映し出されたしょうたたちの顔写真には、低いオッズの数字が貼りついていた。彼らにとって、コートの中の命は娯楽の数字に過ぎない。
グラスが鳴る音が、夜の空気に溶けた。
4 決戦の朝
夜が明けた。
チーム全員がスタジアムのゲート前に集まった時、空はまだ薄暗かった。廃棄スタジアムの外壁には錆と落書きが重なり、収容人数を超えた観客の熱気が壁越しに伝わってくる。リストバンド型ウォッチが震え、同期完了の電子音が一斉に鳴った。
【Team rainbow guardians :Total Life 500 / 500】
機人一体分と同じ数字だ。しょうたは自分のゲージを見つめ、目を逸らした。
ゲートの向こうから、狂ったような歓声が漏れてくる。その中に、笑い声が混じっている。聞き覚えのある、低く嗤うような声だ。
タイシが一つ、深く息を吐いた。
清盛が全員を一度だけ見渡し、短く言った。
「……行くぞ。生き残るのが、俺たちの唯一のルールだ」
ゲートが、開く。




