表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
からくりドッヂボール  作者: 水前寺鯉太郎
リーグ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/80

第5話:因縁の名前

 試合まで、あと四十八時間。

 体育館を支配しているのは、期待ではなく——焦燥による「歪み」だった。

「——っらあ!」

 タイシの怒号とともに、重い金属音が響く。

 普段なら柳のようにしなる彼の巨体が、今は錆びついた重機のクレーンのように硬い。彼が振り抜いたのは、投球時の遠心力を増幅させるための「強化カウル」だ。それが鉄柱を叩き、凄まじい火花と不快な金属音を撒き散らす。

「……タイシ。軸が三ミリ、右に流れている」

 清盛キヨモリの冷徹な指摘に、タイシは答えない。ただ、グリップを握る拳の血管が破裂しそうなほどに浮き上がり、額から滴る汗が、油のように黒く床を汚していた。

「〈ストリートドッグス〉——。俺たちがその名を冠したのは、あいつらへの『引導』のつもりだったんだがな」

 工藤クドウが端末を操作し、敵チーム〈マッドドッグス〉のデータを空間に展開した。

「キャプテン、ガンツ。三部リーグにおける『解体屋クラッシャー』の筆頭だ。あいつらにとってのドッヂは、相手を失格させる競技じゃない。生身の関節を、文字通り『ちり』に変えるための——合法的な拷問だ」

 画面には、前回の試合映像。ガンツの放ったボールは、捕球を試みた選手の肘を逆方向に貫通し、その背後の強化ガラスまで肉片とともに粉砕していた。

 上層区の観客たちの歓声が、ノイズ混じりの音声から漏れ聞こえる。それは喝采ではなく、屠殺を愉しむ残酷な悦楽だ。

 ショウタは胃の奥からせり上がる酸っぱいものを、必死に飲み下した。

「……あいつは、俺の鏡だったんだ」

 タイシが、ようやく口を開いた。その声は、下層の泥水を啜ったような濁りを帯びていた。

「スラムの路地裏で、あいつと二人、ボール一つで通行人を狩って食い繋いでた。……だが、ガンツは壊れた。相手の関節が外れる音を聞くたびに、あいつ、女を抱いてる時よりいい顔で笑い始めたんだ」

 タイシの肩が、微かに震える。

「俺は逃げた。あいつを、あの狂気の中に一人残してな……」

 振り抜かれたカウルの先端が、コンクリートの床を、こつ、こつ、と自虐的に叩いた。

 その日の夕暮れ。ショウタは一人、戦場となる〈D25廃棄スタジアム〉の影に立っていた。

 偵察、という名目の逃避だ。母の延命費用、そして目の前の恐怖。それらから逃れるように彷徨っていた彼の前に、「それ」は現れた。

 巨大な体躯。左腕には、不法投棄された軍用重機のパーツを継ぎ接ぎしたような、無骨な義肢。スエのそれよりも一回り大きく、関節の隙間から、血のように赤い冷却液が蒸気となって漏れ出している。

 男が吐き出した安煙草の煙が、ショウタの顔にまとわりついた。

「……タイシの飼い犬か」

 ガンツだった。

 その瞳は、光を一切反射しない廃液の沼を湛えている。彼は傍らにあった強化樹脂のコンテナを拾い上げると、義肢の指先で、まるで熟した果実を潰すように、やすやすと握り潰した。

「伝えろ。明日のコートは、お前が捨てた『地獄』の続きだ。……今度は、逃げる足から先に、丁寧に折ってやるってな」

 ガンツの嗤いは、錆びた鋸の歯のようにギザついていた。

 体育館に戻り、ショウタがその言葉を伝えた瞬間——。

「余計なことを、しやがって!」

 タイシがショウタの胸ぐらを掴み、壁に叩きつけた。

「……っ、タイシ、さん……っ」

 肺が締まる。酸素が足りない。だが、目の前の大男の瞳に宿る「底知れない怯え」の方が、ショウタにはよほど恐ろしかった。

「いい加減にしてよ、二人とも」

 サクラの声が、冷たく響いた。

 彼女は手首のライフゲージを、二人の間に突き出した。残された緑の光は、もはや点滅しそうなほどに細い。

「あんたの過去なんて、知ったことじゃない。……私のライフは、もう『20』を切ってる。負ければ、私は明日の朝を迎えられない」

 その瞳は、怒りではなく哀願だった。誰よりも先に死線の縁に立たされている女の、剥き出しの絶望。

「怖気づくなら、今すぐそのカウルを置いて、一人で逃げなさいよ」

 沈黙。

 タイシはゆっくりと手を離し、ショウタの横を通り過ぎた。

「……済まねえ」

 その一言だけを残し、彼は暗いコートの端へ消えていく。

 清盛が、足元に転がっていたボールを一つ、ショウタに投げ渡した。

「……恐怖は、最高の燃料ガソリンだ。ガキ、明日はその肺が焼き切れるまで、あの狂犬どもを踊らせてやれ」

 ショウタは血の混じった唾を吐き捨て、左手でボールを握り直した。

 手のひらに、昨日の「シュート回転」の痺れが、熱い芯となって残っている。

 その夜、体育館の四隅で、誰もが己の絶望と向き合っていた。

 チームはバラバラ。戦力は圧倒的な格差。

 だが、手首のライフゲージは——無慈悲に、決戦へのカウントダウンを刻み続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ