第71話:野良犬の洗礼
ミドルシティの夜。練習場所を求めて彷徨う五人と一匹の影。
ショウタのウォッチが、かつてない重厚で、警告にも似た執拗なバイブレーションを刻んだ。
発信者は――元ストリートドッグス主将、現監督・清盛。
【チーム結成、おめでとう。エクリプス。……影が太陽を食らうか、いい名前じゃないか。だが、その名前負けしていないかどうか、俺が直接、お前たちの骨を折って確かめてやる。明日の放課後、全ての始まりの場所(廃倉庫)に来い。新生ストリートドッグスとの、公開処刑……いや、練習試合だ】
「……清盛監督からだ。僕たちに、最初で最後の『洗礼』を与えるつもりらしい」
ショウタの言葉に、丸山が不敵に拳を鳴らした。ゆながバイクのアクセルを、周囲を威嚇するように激しく煽る。
「へっ、引退した老犬が、何の用だ。若手の尻を叩くのが仕事なら、俺の剛速球でその尻を焼き切ってやるよ」
「……丸山くん、油断しないで。そんな安い挑発は通用しないわ」
リカが、タブレットの敵チーム情報を、戦慄とともに更新した。
「今のストリートドッグスは、ワールドカップ優勝の効果でアッパーシティからも志願者が急増している。清盛監督の地獄の指導によって、控えを含めた平均HPは百五十を軽々と超えているわ。結成一日のバラバラな私たちより、組織力という点では遥か銀河の彼方よ」
「……計算は、既に終わっている」
智が、フードの奥から冷徹な、死の宣告に近い一言を放った。
「僕たちの勝率は、現時点でわずか十二パーセント。連携のパターンが皆無だからね。……清盛監督の狙いは明白だ。僕たちの個の力を一点突破で潰し、粉々に分解することにある」
「……なら、やることは一つだ」
ショウタは、左手を強く握り締めた。心地よい痺れが全身を走る。それは、清盛の背中を盲目的に追いかけてきた「少年時代」への、残酷なまでの決別でもあった。
「僕たちの『ノイズ』を、清盛監督の喉元に叩き込もう。エクリプスは誰かの模倣じゃない。新しい時代の、蝕の始まりだってことを」
翌日、放課後。
全ての因縁が始まった場所――あのオイルと埃の匂いが染み付いた廃倉庫の体育館。
錆びた扉を開けると、そこには、真新しい漆黒のユニフォームに身を包んだ、軍隊のように精悍な顔つきの若手たちが、一糸乱れぬ沈黙で立っていた。
その中央。パイプ椅子に深く腰掛けた清盛が、かつてドバイで世界の強豪を震え上がらせたあの鋭い眼光を、ショウタに真っ直ぐに向けた。
「……遅いぞ、エクリプス。五人揃って満足している暇があるなら、一球でも多く、絶望を投げておくべきだったな」
「……監督。僕たちは、思い出作りに来たんじゃない。あんたの教えを、その拳ごと超えに来たんだ」
ショウタの肺が、鋭く、研ぎ澄まされたように「ヒュー……」と鳴った。
だが、その音はもはや、弱さを隠す悲鳴ではない。最強の師を、世界一の壁を迎え撃つための、完璧な戦闘ビートだった。
「……いい目になったな、ショウタ」
清盛が、ゆっくりと立ち上がった。その一歩が床を踏むたびに、かつての現役時代を彷彿とさせる、物理的な重圧を伴ったプレッシャーが体育館を支配していく。
「来い。野良犬どもの洗礼だ。お前たちの牙が、この俺を食いちぎる本物かどうか……。その命を懸けて証明してみせろ」
審判を務める佐倉教諭が、緊張で強張った面持ちで、銀色の笛を構えた。
コートの両端。光を、伝統を、正義を背負った、新生ストリートドッグス。
そして、影の中から太陽を呑み込もうとする、異形の天才集団、エクリプス。
ピーーーーーッ!!
運命のホイッスルが、錆びついた体育館の冷たい空気を、激しく震わせた。
ウォッチが震えた。ジョスからの、短い、だが魂を灼くようなメッセージ。
【Shota、あなたの前に立つ最大の壁。……清盛監督に、あなたの『今』を、その愛をぶつけてきなさい。パリの空の下で、朗報を待っているわ。……負けたら、許さないわよ】
不完全な僕らの、新しい戦記。最初の激突が、今、鮮烈に幕を開けた。




