表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
からくりドッヂボール  作者: 水前寺鯉太郎
高校生編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/80

第70話:日蝕の胎動

 深夜の貨物ターミナル。霧雨に濡れた無機質なコンクリートの上で、不揃いな四つの影が、火花を散らすように交錯していた。

 丸山の、怒りを乗せた重量級の剛速球。それを、ゆながバイクに跨ったまま、野性の反射神経で、バットを捨てた掌で弾き返す。その弾道を、リカがタブレットで瞬時に解析し、ショウタが「呼吸の時計」でその全てを記憶アーカイブしていく。

 

「……ダメだ。四人じゃ、連携のパターンが決定的に少なすぎる。タイタンズの鋼鉄の組織防御を崩すには、あと一箇所。数学的な穴を埋める、精密なピースが必要だ」

 ショウタが、オイルの匂いのする練習球を拾い上げた時だった。

 ターミナルの、巨大なコンテナの影から、顧問の佐倉サクラ教諭が、ひょっこりと幽霊のように顔を出した。その後ろには、フードを深く被り、世界を拒絶するように猫背で歩く一人の少年が立っていた。

「……先生。こんな時間に、ここで何を?」

「いやあ、君たちの非論理的な熱意に、私の計算機が負けてね。あと一人、最高に『扱いにくいバグ』をスカウトしてきたよ」

 佐倉教諭が、苦笑いしながら背後の少年の背中を軽く押した。

「私の息子――佐倉智サクラ・サトシだ。一応、この学校の二年生だよ」

 智はフードを払い、眼鏡の奥の無機質な、まるで魚のような瞳でショウタを見た。

 その痩せ型の顔立ちは父親譲りだったが、ドローンレースのスティック操作で異常に発達した指先は、常に高周波で細かく振動し、微かな熱を帯びていた。

「……遠藤ショウタ。お前のワールドカップのデータは、既に全フレーム解析した。お前の左腕が放つノイズは、カオス理論に基づいた不規則動体だ。……だが、今の君たちのチームには、そのノイズを『殺意的精度』にまで増幅させる、変換装置トランスデューサーが足りない」

 智は、足元に転がっていたボールを無造作に拾い上げた。一度も構えることなく、手首の極小のスナップだけで放たれた一球。

 ボールは、音もなく空気を切り裂き、十メートル先のコンテナの、わずか一センチの歪んだ隙間に、磁石に吸い寄せられるように正確に吸い込まれた。

「……精密誘導。あんなのを、ノーモーションのスナップだけで――」

 リカが、驚愕で声を震わせた。「智くん……あなた、中学時代にドローンレースの全国大会で、『機体が速すぎて審判の視認限界を超えた』という理由で失格になった、あの伝説の――」

「……ルールという名の演算式が、僕の指先の速度に、ついてこれなかっただけだ。ドッヂボールも、同じだろう? 投げた球が、当たるか、当たらないか。その確率を、一〇〇パーセントに収束させるだけの、単純な作業だよ」

 智は、感情を消したショウタの父・健司とは、別の意味で論理の極致にいた。だが、その完璧すぎる論理ゆえに、彼はこの下層の高校で幽霊部員として埋もれていたのだ。

 

「……よし。これで、僕たちの五人が揃った」

 ショウタは、智に向かって、躊躇なく右手を差し出した。

 破壊の力――丸山。

 観測の眼――リカ。

 野生の反射――ゆな。

 絶対の精密――智。

 そして、全ての中心となる不規則なノイズ――ショウタ。

 バラバラな欠損と絶望を抱えた五人が、ついに、一つの「獣」の形に成った。

九条太陽クジョウ・タイヤを倒すための、チーム名が必要ね」

 リカの提案に、丸山が「『野良犬ストリートドッグス』で、いいじゃねえか」と口にしたが、ショウタは、静かに首を横に振った。

「……いや。ストリートドッグスは、清盛監督たちが守り抜いた魂の名前だ。僕たちは、僕たちの新しい名前で、あの眩しすぎる太陽を、呑み込む必要がある」

 ショウタは、夜空を見上げた。煤けた雲の向こう、アッパーシティの不気味な人工光が、太陽のようにミドルシティを見下ろしていた。

「エクリプス(日蝕)。……これが、僕たちのチーム名だ」

 かつての清盛が冠していた、伝説の名。

 光り輝くシステム――太陽――を、影の存在である自分たちが、一時的に、だが完全に覆い隠し、世界を闇に突き落とす。

 その不敵な名前に、ゆながニヤリと不敵に笑った。丸山が拳を鳴らし、智は無言で眼鏡を直した。リカは誇らしげに、タブレットのチームロゴを漆黒の円、「Eclipse」へと書き換えた。

 ウォッチが震えた。ジョスからのメッセージだった。

【エクリプス。影が、傲慢な太陽を食らう物語ね。素敵。Shota、その五人で、世界の常識を、徹底的にバグらせてやりなさい。……あなたの影、見失わないように見てるわ】

 その時、ターミナルの入り口に、不釣り合いな一台の漆黒の高級セダンが滑り込んだ。

 タイタンズの九条太陽。彼は窓を開け、冷淡な一瞥とともに、ショウタたちを「路上のゴミ」を見るような目で見下ろした。

 

「……五人、ようやくゴミが集まったようだね。精々、一ヶ月後の練習試合まで、その偽りの結束を、楽しんでおくことだ。システムの『正解』の前に、影など残るはずがないのだから」

 車が去った後。ショウタはハチを抱え上げるように、胸の奥で、激しく鳴る呼吸を整えた。

 ヒュー、ヒュー。

 壊れた肺の音が、五人の不揃いな鼓動と共鳴し、一つの巨大な「黒い影」となって、深夜のターミナルの闇に広がっていった。

「……やるぞ。エクリプス、始動だ」

 十六歳の春。

 太陽を喰らう、日蝕のカウントダウンが、今、静かに、始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ