第69話:真夜中の雷鳴
練習場所を、卑劣な手段でタイタンズに奪われたショウタたちは、夜のミドルシティ下層、放棄された冷たい貨物ターミナルに集結していた。
街灯は粉々に割れ、細かな霧雨が、煤けた地面を不吉に濡らしていた。だが、ここには監視カメラも、支配的なシステムの目も届かない。
「……あいつら、絶対、後悔させてやる。ルールを金で買うのがドッヂボールだってなら、俺はそのルールごと叩き潰してやるよ」
丸山が、積み上げられた廃材の山を的に、煮えたぎる怒りを込めた剛速球を叩きつけた。隣で、リカがタブレットをかざし、その不安定な弾道をスキャンし続けている。
「丸山くん、怒りで肩が三ミリ上がってる。そのままだと、タイタンズ九条の『精密機械』には掠りもしないよ」
その時、ターミナルの入り口から、空気を無慈悲に引き裂くような、高周波の排気音が響いた。
一台、二台、三台。
LEDの冷たい光に縁取られた大型バイクが、ショウタたちを威圧するように円陣を組んだ。
中心に止まった真っ赤なバイクから、漆黒の特攻服を肩に羽織った少女が、音もなく降り立った。
「……アタシの縄張りで、随分と景気のいい音、させてんじゃねえか」
東雲ゆな。
下層で最大勢力を誇るレディース暴走族「紅蓮」の総長。
長い黒髪を夜風になびかせ、鋭利な瞳でショウタを射抜いた。彼女の纏う空気は、丸山のそれよりもさらに攻撃的で、それでいて、どこか「死」の先を見据えたような静謐さがあった。
「あんたが、世界を獲った坊やか。ニュースで見たぜ。お上品なアッパーの連中に、一泡吹かせたってな。……いいツラしてるじゃねえか」
「……東雲ゆな。あんた、ドッヂボールに興味があるのか?」
ショウタが問いかけると、ゆなは鼻で笑い、傍らのバイクホルダーに差してあった金属製のバットを、無造作に手に取った。
「ドッヂボール? 興味ねえよ。アタシが興味あるのは、さっきからあそこのデカブツが投げてる、そのイラついたボールを、……正面からブチ殺すことだけだ」
「……なんだと、コラァ!!」
丸山が激昂し、手に持っていた練習用の黒ボールを、ゆなめがけて全力で投げつけた。軍事規格に迫る、殺意を孕んだ剛速球。
だが、ゆなは動じなかった。
彼女はバイクのシートに浅く腰掛けたまま、最小限の予備動作でバットを振り抜いた。
ガギィィィンッ!!
火花が散り、ボールは物理法則を嘲笑うように丸山の足元へ正確に弾き返され、コンクリートを深く抉ってめり込んだ。
「……反射神経が、別次元だわ」
リカが、数値を信じられないといった様子で絶句した。「時速百五十キロを超える至近距離射撃を、バイクのアイドリングによる振動の中で、完璧にミートさせるなんて……」
「……タイタンズの九条、そして奴らのバックにいる専務を知っているか」
ショウタが、静かに切り出した。
「あいつらは、お前たちが走る道路も、この空気も、全部金で買い占めようとしている。俺たちの体育館を奪ったように、お前の誇りであるその道も、いつかシステムに呑み込まれるぞ」
ゆなの表情から、挑発的な笑みが消えた。
「……ああ、知ってるさ。先週、アタシの仲間がタイタンズの練習走行を邪魔したってだけで、不当に拘束された。あいつらは、自分たちの旋律に従わない奴を、『ノイズ』として消去する」
「なら、俺たちと一緒に来い。コートの上なら、奴らのルールを、正面から、力でブチ壊せる」
ショウタは、ドバイの戦場を潜り抜けたあの黒ボールを、ゆなへと投げた。
ゆなはバットを地面に放り捨てると、そのボールを左手でがっしりと掴んだ。掌に伝わる異様な質量を、慈しむように見つめる。
「……いいぜ。あのお高く止まった巨像の鼻っ柱、アタシの『フルスイング』で、陥没させてやるよ」
これで、四人。
ショウタ、リカ、丸山、そして、東雲ゆな。
真夜中のターミナル。バイクのヘッドライトに照らされた不揃いな四つの影が、一つの群れとなって、重なり合った。
ウォッチが震えた。ジョスからの、短いメッセージだった。
【レディースの総長? 最高にクールじゃない、Shota。その子に伝えて。『フランスの風と、どっちが速いか、競争しましょう』って。……あなたの隣、空けておきなさいよ】
「ヒュー、ヒュー」
ショウタの肺が鳴った。
雷鳴のようなエンジン音の中で、ショウタの不完全な呼吸は、かつてないほど高く、鋭く、自由を求めて響いていた。
「……あと一人。俺たちの五人目を、見つけに行こう」




