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からくりドッヂボール  作者: 水前寺鯉太郎
高校生編

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64/80

第64話:再会、四月の夜

 ミドルシティ国際空港。

 ドバイから凱旋したあの日と同じ、空調の効きすぎた不自然に冷たい空気。だが、慣れない紺色の制服に身を包んだショウタの心臓は、あの日とは違う、制御不能な熱いビートを刻んでいた。

「……Shota」

 

 到着ゲートの向こう。

 コートの襟を立て、周囲の喧騒から隔絶されたように一人でスーツケースを引くジョスリーヌ・ローランが現れた瞬間、空港の喧騒は真空に触れたかのように一瞬で凪いだ。

 アッパーシティのセレブでも、軍事規格の冷徹な機士リセでもない。ただ一人の「女性」としてそこに佇む彼女は、ミドルシティの淀んだ空気を一瞬で塗り替えるほどに鮮烈で、残酷なまでに美しかった。

「着飾ったレストランはいらないわ。地元の人が行く場所が、一番いい。……私は、あなた(Shota)を作った本当の『匂い』を知りに来たのだから」

 ショウタが戸惑いながら案内したのは、油の染みたカウンターと、安っぽいパイプ椅子が並ぶ下層の安食堂だった。最新のホログラム演出もなければ、防音壁もない。労働者たちの啜るラーメンの熱気と、店主の威勢のいい怒鳴り声が混ざり合う、剥き出しの日常。

 

 ジョスリーヌは、そんな場所で「サバの味噌煮定食」を箸で器用に摘み、不敵に微笑んだ。

「日本の味噌汁、優しい味ね。……私の父も、かつてはこんな風に優しい人だった。……彼が、私を完璧な兵器にするために、心ごと捨てて去っていくまでは」

 

 彼女が静かに語ったのは、フランス代表のエースとしての華々しい栄光ではない。十歳で母を亡くし、新しい家庭と「正解」へ去った父の背中を見送った、凍てつくような孤独な少女の記憶だった。

 ショウタもまた、自分の左腕に宿る「血の呪縛」と、ドバイの戦場で再会した父・健司の、あの廃液のような涙について語った。

 

 答えは、まだ出ない。

 なぜ、父たちは自分たちを置いて去らねばならなかったのか。その問いは、ミドルシティの空に浮かぶ煤けた月のように、冷たく、決して届かない場所にある。

 

「……だから、私たちはコートに立つのね。……誰にも消せない、自分自身の存在を証明するために」

 食堂を出た、湿り気を帯びた夜の路地。

 オレンジ色の錆びた街灯の下で、ジョスリーヌが不意に足を止めた。

 

「……ねえ。私と、本当に『付き合う』気があるの?」

 

 その問いは、彼女がコートで放つ『美しさを断裂させる軌道』のように、急激な変速を伴ってショウタの胸を深く貫いた。

 二十歳と十六歳。フランスと日本。世界最高峰の機士と、下層の無名高校生。

 計算機システムが即座に導き出す「不適合」の答えを、ジョスリーヌは真っ直ぐな、射殺すような瞳で突きつけてきた。

「……はい。……ジョスリーヌさんと、もっと話したい。……生活も、場所も違う。世界中を敵に回すかもしれない。……でも、それでも、僕は……」

 

「Tu vas le faire(あなたなら、やるわね)」

 

 ジョスリーヌが初めて少女のような悪戯っぽい笑みを浮かべ、細くしなやかな指先で、ショウタの右手の甲に触れた。

 その瞬間、ショウタの右手に、焼けるような熱さと、柔らかな感触が消えない刻印のように刻まれる。

 

 帰り道、一人で夜風に当たるショウタの身体には、二つの異なる「熱」が同居していた。

 父から呪いとして継いだ、左手の痺れるような痛み。

 そして、自分を一人の男として認めてくれた女性からの、右手の痺れるような熱量。

 

「ヒュー……、ヒュー……」

 

 肺が鳴る。だが、その音はもう、孤独を嘆く悲鳴ではない。

 過去の呪縛と未来の予感、その両方を力強く引き受けた、一人の「アタッカー」としての、新しい鼓動の音だった。

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