第57話:それでも父だった(2)
ドバイ・ナショナル・スタジアム。
運命の二分間、そのクライマックス。
「……来いよ、親父っ!!」
ショウタが絶叫し、限界を超えて内出血した左腕を最後の一引きに捧げる。
同時に、エンドウ・ケンジの赤い光学レンズが、演算エラーによる激しいスパークを上げ、同じ角度、同じ「癖」を伴って、漆黒の鉄の左腕が引き絞られた。二人のフォームが、アリーナのサーチライトの下で、残酷なほど完璧なシンクロを見せる。
シュンッ――!!
放たれた、二つの宿命の閃光。
ショウタの全ての「問い」と「絆」を乗せた不規則な弾道が、因果を断ち切り、ケンジの軍用胸部装甲を真っ向から撃ち抜いた。だが、軍事規格の非情な暴力もまた、ショウタの細い肩を無慈悲に掠め、その生命エネルギー(ライフ)を根こそぎ奪い去っていった。
【ケンジ HP:360→180 / 警告:主動力源に致命的な損傷】
【ショウタ HP:5→0 / 判定:エース脱落】
膝から崩れ落ち、静かにコートに沈む少年。
意識が遠のく中、ショウタの瞳の端に映ったのは、同じく膝を突き、冷却フィンの隙間から激しい排熱の火花を散らす、父の孤独な背中だった。
(――やったよ。……みんな、繋いだ……。あとは、頼みます……)
「……野良犬の食事の時間だ。全員、道を開けろォ!!」
タイシの、地鳴りのような咆哮。
全リミッター解除。彼の右腕のカウルが爆ぜ、放たれた旋風は、ケンジを護衛せんとするロシアの重厚な兵士たちを、枯れ葉のように次々とコートの外へと叩き伏せていく。
そして。
コート中央。全ての盾を失い、独り残された絶対的王者の前に、暫定主将・神崎レンが静かに立った。彼の鏡面仕上げの義腕は、過負荷によって赤黒く焼け爛れ、表面には無数のクラックが走っている。
「……演算完了。これは、君が効率のために切り捨てた『過去』からの、全額一括の請求書だ」
神崎の、全知全能を投げ打った最大火力。
物理限界を突破した一撃が、ドバイの空気を焦がす真空の尾を引きながら、ケンジの露出した心臓部へ、文字通り吸い込まれた。
ドゴォォォォォォォンッ!!
【ケンジ HP:180→0 / システム・シャットダウン】
ピーーーーーッ!!
一瞬、アリーナから全ての音が消えた。
それから。スタジアムの屋根を物理的に突き破らんばかりの、十二万人の狂乱の地鳴りが起きた。
「優勝……! 日本代表……『ストリートドッグス』が、世界を、神を、獲ったぞ!!」
誰もが狂喜乱舞し、コートへ雪崩れ込む中。
ショウタは外野の床に座り込み、ボロボロの肺で必死に「生」の酸素を求めていた。
「ヒュー……、ヒュー……」
その呼吸音に重なるように、タイシの太い腕がショウタの体を抱き上げた。
「……やりやがったな、ガキ! 俺たちの勝ちだ!!」
マウンドの中央。
ライフが 0 となり、全ての不気味な駆動音を失った遠藤健司が、石像のように立ち尽くしていた。
赤いレンズの光は完全に消え、硝子の向こうに残された「人間の瞳」が、ボロボロになって笑う息子を、ただ静かに、そして慈しむように見つめていた。その左手が、一瞬だけ、震えながらショウタの方へ伸ばされかけたのを、ショウタは見逃さなかった。
砂漠の夜。
最強を誇った鋼鉄の要塞は、一人の少年の執念と、不揃いな野良犬たちの絆によって、美しい真っ白な灰へと変わっていた。




