第56話:それでも父だった(1)
ドバイ・ナショナル・スタジアム。
十二万人の観衆が、ただ一人の少年の、血を吐くような左腕に世界の運命が収束していくのを目撃していた。
「……なんで、僕たちを捨てたんだっ!!」
シュンッ――!!
放たれた一投は、フランスの舞台で磨いた「刹那の停止」を纏い、父・健司の光学レンズを完全に幻惑した。軍事規格の予測AIが弾き出す、一千万通りの弾道計算が、空中で静止し物理法則を嘲笑うボールを前に、史上初めて致命的な「フリーズ」を引き起こした。
ドォォォォォンッ!
【ケンジ HP:750→720 / 警告:装甲に熱損傷を確認】
だが、反撃は止まらない。神崎が、サクラが、タイシが。泥と汗を繋いだ魂のパスが、ショウタの元へ濁流のように集まる。二発目、三発目、四発目――。
「ヒュー……、ヒュー……」
ショウタの肺は既に臨界点を超え、喉の奥からは鉄の味のする鮮血が込み上げている。
残存ライフは、わずか「15」。一投ごとに、彼は自分の生命エネルギーを直接弾丸に変換して放っているに等しかった。
「……まだだ、まだ足りない……! あんたが効率のために切り捨てた感情が、どれほど重くて、熱いものだったか……。その冷たい鉄の体に、思い知らせてやる!」
キューバの変速。中国の死角。そして――ストリートドッグスの全員が、敗北の淵で託した勝利への執念。
バキィィィンッ!
ドゴォォォォォンッ!
【ケンジ HP:720→660→580→480→360】
一分に満たない咆哮の間に、絶対的な鉄の巨人のライフが、文字通り半分以下へと激減した。会場全体を支配していた「ロシアの絶対」という名の神話が、内側からボロボロと醜く崩れ落ちていく。
健司は、コートの中央で激しく過負荷の煙を噴き出しながら、震える左腕を自らの胸板に当てた。彼の超高速処理装置は、今、ショウタの叫びという「非論理的データ」を無理やり解析しようとして――基板が溶け出すほどのオーバーヒートを起こしていた。
カチ、カチ、とレンズの絞りが壊れた音を立てる。
ケンジの赤い光学レンズが一瞬だけ明滅して消えた。その剥き出しのひび割れたセンサーの奥に、かつてミドルシティの夕焼けの中でショウタを見つめていた、あまりに「人間らしい瞳」が、一筋のオイルの涙とともにショウタを捉えた。
「……しょ、う……た……」
だが、その微かな「父親」の回帰を、無機質な軍靴の音が踏みにじった。
ロシア代表のアントノーヴィッチが、凍りつくような声を上げた。
「……主将の重篤な機能不全を確認。……これより、全選手のOSを外部制御へ切り替え。プロトコル『殲滅介入』を開始する」
ロシアの残りの四人が、スポーツマンの形を捨て、関節を異形に折り曲げた「兵器」としての真の姿を剥き出しにした。彼らの四対の冷徹なレンズが、ボロボロになったショウタの、今にも折れそうな左腕へと照準を固定した。




