第51話:感情を消した男(2)
決勝戦、中盤。
ドバイ・ナショナル・スタジアムを震撼させているのは、もはや歓声ではない。それは、生身の肉体が鉄の絶対意志に叩き潰される、凄絶な「音」だった。
「……別人だ。あんなの、僕の知っている……記憶の中の父親じゃない」
ショウタは、コートの中央で立ち尽くしていた。
父・健司の赤い光学レンズが、冷徹にこちらを掃射する。そこに宿っているのは、再会の懐かしさでも、裏切りへの憎しみでもない。ただの、戦術目標を「排除」するための無機質な演算ログだけだ。
健司の人工喉頭から、警告音にも似た排気音が漏れる。彼はショウタとの思い出という名の「バグ」を、出力に変えて燃やし尽くしていた。
(――感情を、消したのか。自分を自分たらしめていた『心』ごと、兵器に最適化したのか……!)
その思考を、ロシアのアタッカー、アンドレイの放った無慈悲な一撃が切り裂いた。
『トルネードショット・貫通』。空気をドリル状に巻き込み、対象の装甲を内部から引き千切る軍事規格の凶器が、最短経路でショウタの心臓を狙う。
ドォォォォォンッ!
ショウタは反射的に左腕で防御したが、着弾の衝撃波が肩の骨を激しく軋ませ、筋肉の繊維が音を立てて断裂する。
【ショウタ HP:50 → 25 / 警告:左腕の機能維持率が急落】
肺の奥が悲鳴を上げ、「ヒュー……」という絶望の喘鳴が、スタジアムの喧騒を突き抜けてアリーナに漏れ出した。
「……ショウタ。それ以上、前に出るな。お前が折れたら、この物語は終わる」
その時、血とオイルにまみれたボロボロの背中が、ショウタの視界を塞いだ。
清盛。
彼は既に全スタミナを使い果たし、全身の接合部から鮮血を滴らせながらも、アンドレイの次なる死の弾道をその身で受け止めるべく、地獄の門番のように立ちはだかっていた。
「……下がれ、エース。お前の左腕は、この汚れたマウンドを終わらせるために温存しろ。……盾なら、まだここに立っている」
バキィィィッ!
アンドレイの追撃が、無防備な清盛の脇腹を真っ正面から叩いた。肋骨が粉々に砕ける鈍い音が、アリーナの集音マイクを介して、十二万人の鼓膜に突き刺さる。
【清盛 HP:50 → 5 / 警告:生命維持の臨界点を突破】
清盛は膝を突くことさえ拒絶し、溢れ出す血を飲み込みながら、ショウタを振り返った。
「……見せろ。……野良犬が、システムの神を食い殺す……最初の一咬みを」
その瞬間、ショウタの中で何かが、決定的に爆ぜた。
自分への無力感でも、父への葛藤でもない。
――僕の「群れ」を、これ以上、傷つけさせてたまるか。
ドス黒いまでの「怒り」が、感覚を失っていた左腕に濁流となって流れ込む。
アドレナリンが血管を焼き、痺れはすべて、システムを焼き切るための強烈な「熱」へと変貌した。
「清盛さん。……もう、いいです。代わってください」
ショウタが放った声は、これまでのどの試合よりも低く、鋭利な刃物のように澄んでいた。
彼は清盛の前に音もなく歩み出ると、父・健司の赤い光学レンズを、真っ向から、射殺すような瞳で見据えた。
「……来いよ、軍事規格。あんたがパージしたはずの『感情』が、どれほど重くて、どれほどあんたの計算をバグらせるか……その冷たい鉄の体に、今すぐ叩き込んでやる!」
左腕が、父のフォームを正確にトレースしながらも、全く別の「呪い」を孕んで深く引き絞られる。父の技術、仲間の犠牲、母の喘鳴。そのすべてが、一一点の殺意として統合された。
放たれた。
それはもはや、ドッヂボールの軌道ではなかった。
アリーナの慣性制御さえも無視し、空間を焦がしながら、ロシアの「正解」を焼き尽くすために放たれた、不条理な火炎そのものだった。




