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からくりドッヂボール  作者: 水前寺鯉太郎
ワールドカップ編

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50/80

第50話:感情を消した男(1)

 決勝戦の朝。

 ドバイ・ナショナル・スタジアムの外壁を埋め尽くす高彩度のホログラムは、無慈悲に、そして淡々と「神殺し」へのカウントダウンを刻んでいた。

 

 残り、360分。

 ショウタは、激しく痺れる左手を、壊れるほど強く握り締めた。五日間に及ぶ凄絶な特訓。父から盗んだ「捻り」、フランスの舞台で知った「刹那の静止」、キューバの泥から得た「変速」……。それらすべての矛盾を左腕に詰め込み、自分の肺が刻む歪な喘息のリズムに同期させる。今、彼の左手にあるのは、もはや単なるボールを放るための肉体ではない。理不尽な運命を撃ち抜くために自ら改造した、生身の「部品」だった。

「ショウタ。……みんな、もうアリーナにいるよ。行こう」

 サクラの、震えを隠した凛とした声に頷き、ショウタは眩い光の中へと歩み出した。

 ネット一枚を隔てた向こう側は、もはやスポーツの練習場ではなかった。そこは、絶対的な「死」をレンダリングする、冷徹な「兵器試験場」と化していた。

 

「……マジで、別規格だな。オイルの焼ける臭いしかしねえ」

 タイシが吐き捨てた言葉通り、ロシア代表『レッド・ベア』の挙動は、これまでのどの強豪とも一線を画していた。

「……奴らは、ドッヂボールを『競技』だと思っていない」

 工藤クドウの指が、ホログラム上でロシアの関節構造を解体し、戦慄とともに呟いた。

「関節の『遊び』がゼロだ。衝撃を逃がす必要がない……。つまり、相手を破壊することだけに全リソースを振っている。……自壊を恐れない、狂気の設計だ」

 

 神崎レンの光学レンズが、かつてないほど激しく明滅していた。

「……設計の根本が違う。私の機体は『スコア』を稼ぐために最適化された。だが連中は、『戦意の完全喪失』、あるいは『物理的な解体』を目的に調整されている。……戦っているのではない、処刑しているんだ」

 その鉄の群れの中央。エンドウ・ケンジが、一国の国家予算に等しい価値の黒ボールを携えて、静止していた。

 父の動きを、ドバイの強烈な照明の下で初めて肉眼に捉える。

 左腕を引き、肩を入れる。リリースの瞬間に手首をわずかに外側へ逃がし、空気を削り取る。

(――同じだ。……僕が下層の錆びた鏡の中で、ずっと、狂うほどに見てきた動きだ)

 

 だが、その弾道は「暴力」そのものだった。

 

 ドォォォォォォンッ!!

 

 空気を物理的に圧壊し、真空の尾を引く衝撃波。HP 750の過負荷出力に乗ったその一投は、コートの強化壁を容易に穿ち、スタジアム全体を地殻変動のように微かに揺らした。

「……あの男の、左肩。見なさい、ショウタ」

 スエが、隣で低く、祈るように呟いた。彼女の視線は、ケンジの左肩甲骨の微細な振動に固定されていた。

「お前と、全く同じ『バグ』がある。投げる直前、左の肩甲骨をわずかに数ミリだけ沈み込ませ、大地との距離を測る。……あれは機械のプログラムには存在しない。生身の人間が、自分の重心を確かめるために行う『血の予備動作』だ」

 ショウタは、自分の左肩を触った。

 スエの言う通り、自分の肉体も、今、全く同じリズムで肩を沈めていた。

 教わった記憶はない。だが十年、憎しみの中で会わなくても、自分の肉体はあの男の残響を、呪いのように正確にトレースし続けていたのだ。

 ショウタの瞳が、アリーナのサーチライトを反射して真っ赤に燃え上がる。

 それはかつて掲示板で見た父のレンズの色であり、同時に、不完全な人間が「神」を殺すための、反逆の火の色だった。


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