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からくりドッヂボール  作者: 水前寺鯉太郎
ワールドカップ編

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49/80

第49話:別規格の朝(2)

 ドバイ・ナショナル・スタジアム、共有ウォームアップエリア。

 ネット一枚を隔てた向こう側は、もはやスポーツの練習場ではなかった。そこは、冷徹な死をレンダリングする「兵器試験場」へと変貌していた。

「……ショウタ。あれは、お前と同じ癖だ」

 スエの静かな一言が、ショウタの肺を、喘息の発作以上に鋭く、そして熱く締め付けた。

 ネットの向こう。換装率99.8%の怪物、エンドウ・ケンジが黒ボールを引き絞る。

 左肩をわずかに後ろへ引き、肘の角度が、リリースの直前にコンマ一ミリだけ深く沈み込む。教科書には存在しない、だがショウタが下層の錆びた鏡の中で一万回見てきた「自分自身の影」が、剥き出しのクロム合金としてそこにあった。

「私は、その不規則な癖を、ずっと肯定してきた。あの廃倉庫の日からな」

 スエの旧式義腕が、ギチリ、と覚悟を噛みしめるように唸る。

「世界中を探しても、その歪な予備動作を持つのは、お前と、あのマウンドに立つ怪物だけだ。……軍事規格ミリタリー・スタンダードの予測モデルは『正解』のみを演算する。だが、親子の血の間だけに流れる『不合理なノイズ』までは、奴らのサーバーもシミュレートできない」

 タイシがネット越しに、心臓の音を機械の唸りに書き換えたロシアの巨躯たちを睨みつけた。重加速カウルが、闘争本能に呼応して紅い排気を噴き出す。

「……チッ、どいつもこいつも、血の匂いすらさせねえ。ただのオイルの焼ける臭いだぜ」

「彼らには『エネルギー』の揺らぎがありません。……存在そのものが、一つの完結した破壊命令です」

 オオシロ・カナタが、震える指を隠すように、最後の方程式をホログラムに刻んで閉じた。

「スポーツの論理を、戦場の論理が上書きしようとしている。……恐ろしい、歩く虐殺装置です」

 神崎レンが、鏡面仕上げの義腕を全ポート接続コネクトし、冷却用の白煙を凄絶に噴き出した。

「……工藤、全感覚リソースをショウタの弾道支援に同期しろ。……私の演算能力スペックでは、あの戦闘用モデルの初速は止められない。だが――」

 神崎が、赤い走査レンズを激しく明滅させて、ショウタを見た。

「――お前の放つ『ノイズ』なら、連中の最適解をジャミングし、再起動不能な致命傷をシステムに与えられる可能性がある。……お前の『欠陥』を、僕たちに預けろ」

 日本代表。日の丸を背負った彼らの中身は、今、極限の死線の前で一つに溶け合っていた。

 アッパーシティのエリート。旧世代の半アンドロイド。スラムの壊し屋。そして、焼ける肺を抱えた少年。

 不揃いな「野良犬」たちが、鉄の規律で武装した巨大な熊の喉元を、一歩も退かずに見据えている。

「行こう。……俺たちの、本当の『自由』を賭けたマウンドだ」

 清盛キヨモリが、先頭に立った。その背中には、もはや広告塔の悲哀はない。ただ、群れを守るために最初に死ぬ覚悟を決めた、王の風格があった。

「俺たちのドッヂボールで、あの鉄の壁を、内側から爆ぜさせてやる」

 ショウタは、感覚を失うほどに左手を強く握り締めた。

 痺れはある。痛みはある。肺の奥は、今にもパンクしそうだ。

 だが、その不自由な左腕こそが、世界で唯一、あの最強の父を撃ち抜く「呪われた弾丸」であることを、彼はもう、魂の底から確信していた。

 スタジアムの百万ワットの照明が、一斉にアリーナを焼き払うように照らし出す。

 十二万人の、飢えた咆哮。

 その中心に、父・ケンジが、一国の予算を投じた黒ボールを携え、絶対零度の静寂を纏って立ちふさがっていた。

 ピーーーーーッ!!

 運命の、そして審判のホイッスルが、ドバイの砂漠を切り裂き、神々の盤面を粉砕した。

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