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からくりドッヂボール  作者: 水前寺鯉太郎
ワールドカップ編

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48/80

第48話:別規格の朝(1)

 スエの静かな、だが確信に満ちた言葉に、ショウタの背筋に氷のような冷たい電流が走った。

「癖……? あの怪物の、どこにそんなものが……」

「ああ。投げる直前、わずかに左の肩甲骨が沈み込む。……あれは機体のサーボモーターの誤差じゃない。生身の人間が、自分の重心と大地の距離を確認するために、無意識に行う予備動作だ」

 

 スエの旧式義腕が、ギチリ、と硬質な音を立てた。

「あの男は……今もまだ『自分の左手』で投げている。全身を軍事用の鉄で継ぎ足しても、心臓の鼓動に近いその原感覚だけは、どうしても捨てきれずにいるんだ」

 その時だった。

 ネットの向こう側、無機質な自律兵器のように淡々と練習を繰り返していたエンドウ・ケンジの動きが、真空に触れたかのようにぴたりと止まった。

 

 彼が、音もなく顔を上げた。

 左顔面を完全に埋没させた漆黒のクロム合金。その奥に嵌められた赤い光学レンズが、深夜の暗闇を切り裂く高出力レーザーのように正確に移動し、ショウタの瞳を「座標」としてロックした。

 

 父の赤いレンズの奥で、無数の数値と波形が超高速でスクロールしているのが、空調の風に乗って聞こえてくるような錯覚を覚えた。ショウタの身長、骨格密度、末梢血流、そして「遠藤健司」との血縁的一致率。そのすべてを、彼は今、単なるシステムのリソースとして飲み込んでいる。

 

 ケンジが、ゆっくりと一歩、ネットへ歩み寄った。

 彼の一歩ごとに、アリーナの強化装甲板が磁気干渉で不気味な軋みを上げる。日本代表――**『ストリートドッグス(野良犬)』**のメンバーが、本能的な殺気を感じて一斉に身を構えた。タイシが重加速カウルをいつでも爆ぜられるよう拳を握り、神崎が処理装置を限界まで回し、清盛キヨモリが壁となってショウタの前に立った。

 

 だが、ケンジは攻撃を選択しなかった。

 彼はネットの直前で止まると、人工喉頭が合成した、重金属を擦り合わせるような冷たく重い声を放った。

 

「……まだ、その脆弱な腕で投げているのか。……エンドウ、ショウタ」

 

 十年の空白。その沈黙を粉砕したのは、再会の情でも憎悪でもなく、自分のスペアパーツの現状を確認するかのような、冷徹極まる生存確認だった。

 ショウタは、恐怖で笑いそうになる膝を強引に地面へ叩きつけ、清盛の肩越しに、その赤いレンズを射抜いた。

「……投げてるよ。あんたがゴミと一緒に捨てたこの左腕で、あんたのHP 750を、その傲慢なクロムごと削りきるために……ここまで這い上がってきたんだ」

 

 ケンジの赤いレンズが、不規則に明滅した。

「……効率的ではないな。お前のその病んだ肺のリズム、そして低密度のノイズが混じった弾道。……すべて、私のデータベースの中では、既に『克服されるべき過去の失敗』としてアーカイブされている」

 

 ケンジは、手に持っていた黒ボールを、垂直に軽く放り投げた。

 落ちてきたボールを指先で掴む瞬間、彼の義腕のジョイントから、過負荷によるプラズマ化した紫色の排熱が激しく噴き出した。周囲の空気が熱に歪み、焦げたオゾンの匂いが立ち込める。

「……来い。お前のその『ノイズ』が、軍事規格ミリタリー・スタンダードの『絶対』にどこまで通用するか。ドバイの砂に還る前に、最後に一度だけ演算させてみろ」

 

 ケンジは背を向け、影の濃いロシアのコートへと戻っていった。

ショウタは、激しく痺れる左手を、自分の胸の鼓動に重ねるように強く押し当てた。

 ヒュー、という喘鳴。

 だが、その音はもう、絶望に震える悲鳴ではなかった。

 最強の「過去」を撃ち抜くための、反逆のカウントダウンのビートへと書き換えられていた。

 

「……行こう、みんな。……僕たちの、本当の『自由』を賭けた、最後の決勝戦だ」

 

 日の丸を背負いながらも、その魂はどこまでも飢えた狂犬。

 野良犬たちの咆哮が、ドバイの天を覆う偽りの青空を、今、内側から激しく揺らし始めた。

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