第47話:決勝へ。父との試合へ(2)
深夜の戦術ルーム。
ドバイの人工的な空調音だけが、死刑宣告の秒針のように響く中、ショウタの血塗られた告白は、静かにストリートドッグスたちの魂の底へと沈んでいった。
「……関係ねえよ。そんな安っぽい宿命なんざ」
タイシが、重加速カウルを外した剥き出しの両手を、不器用に広げて見せた。
「お前は『エンドウのスペア』じゃねえ。……俺たちをここまで連れてきた、『左利きのエース』だ。……決勝、ロシア戦。ただ勝つだけだ。それ以外の余計なノイズは、俺が全部、この拳で打ち消してやる」
サクラが、トキが、そしてスエが。それぞれのやり方で、ショウタという「個人」を肯定するように頷く。
誰も、なぜ父が家族を捨てたのか、とは問わなかった。彼らはアッパーシティの住人のように血筋で人間を査定しない。コートの上で何を為し、誰のためにその腕を振るったか。それだけが「野良犬」たちの唯一の、そして絶対的な尺度だった。
「……では、この絶望的な数字を、血の通った『勝利』へと変換しましょう」
オオシロ・カナタが、冷徹な数式をホログラムに展開した。青白い光が、ショウタの煤けた横顔を照らす。
【決勝特別規定:主将ライフ判定】
判定:試合終了(5分)時に両主将が生存している場合、合計ライフ比率による判定を行う。
条件:主将脱落(HP 0)の瞬間、チームの敗北が確定する。
「……普通に戦えば、我々の判定負けは99.9%確定しています。物量、出力、すべてが桁違いだ」
オオシロの、生身ゆえの鋭い瞳がショウタを射抜く。
「唯一の勝機は、時間内に相手の主将格、遠藤健司――HP 750を『ゼロ』にすること。……すなわち、神の如き怪物の、完全なる解体です」
神崎レンが、鏡面仕上げの義腕の出力を静かに上げ、火花を散らせた。
「……私の最大出力の全弾を浴びせても、HP 750の軍用装甲を五分で貫通するのは論理的に不可能だ。……だが、ショウタ。君の不規則な『ノイズ』なら、父の演算回路そのものをジャミングし、防御の『正解』を奪える可能性がある」
「……やります。……僕の左腕を、あの人の胸板に置いてきます」
ショウタの返事に、もはや喘息の震えはなかった。
その夜。ショウタは、冷却ファンが虚しく回る半暗転の練習コートで、一人、壊れかけの左腕を引き絞っていた。
シュンッ――!!
放たれた一投は、強化壁に深い凹みを刻む。だが、まだ足りない。深夜の練習場で見た、父・健司のあの、空気を物理的に圧壊し、因果を断ち切るような「捻り」。それと、自分だけの「喘息のリズム」が、まだ完全に一つの「牙」として溶け合っていない。
「……お前の左腕は、もう、あの怪物のコピーじゃない。お前だけのものになりつつあるな」
闇の中から、清盛が現れた。彼は静かに、ボロボロのショウタの隣に立ち、その限界を迎えつつある肩に、分厚く、焼けるような熱を帯びた掌を置いた。
「……あと五日だ。……お前のその『ノイズ』が、父の背中を、その傲慢なクロムを捉えるまで、俺たちが全力でお前の背中を押し続ける。盾になって、道を拓いてやる」
ショウタは、肩に置かれた手の、仲間の命の重みを感じながら、左手を強く、骨が鳴るほど握り締めた。
指先の痺れが、戦場へ向かう鼓動へと書き換えられていく。
決勝。HP 4000の怪物軍団。換装率99.8%の、自分を捨てた父。
「……待ってろよ、親父。あんたが捨てた『日の丸の赤』で、あんたの教えなかった『最高のドッヂボール』、僕たちが教えてやる」
ドバイの深い夜。
野良犬たちの咆哮は、不条理の壁を燃料にして、明日という名の「裁き」の光を切り裂き始めていた。




