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からくりドッヂボール  作者: 水前寺鯉太郎
ワールドカップ編

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45/80

第45話:スエとしょうた

 準決勝の翌朝。

 ドバイ・ナショナル・スタジアムの屋上は、アッパーシティのそれよりも不自然に澄み渡り、人工雲によって虹色に屈折した太陽が、逆に「自分の居場所のなさ」を嘲笑うように照らしていた。

 ギチリ、ギチリ。

 屋上の隅。管理された静寂を切り裂くように、規則的な金属の摩擦音が響く。

 スエ。

 彼女はどんな異国の地でも、どんな死線の前夜でも、変わらずそこに座り、祈るように義腕を磨き続けていた。

「……睡眠は私の必須機能リストにはない。……早いな、ショウタ。バイタルが昂ぶっているぞ」

 ショウタは、彼女の隣に腰を下ろした。ドバイの強烈な、だが熱を奪われたような人工の光が、彼女の腕のクロム合金を照らし出す。それは最新モデルのような冷たい鏡面ではなく、幾多の戦場と修理の痕が刻まれた、鈍く、逃げ場のない重厚な輝きを放っていた。

「……中国戦。スエさんの、あの計算外の動きが僕たちを救いました。……ありがとうございました」

「……規格外エラーだからな」

 スエは手を止めず、オイルの匂いとともに低く応えた。

「私の駆動装置は、現代の論理アルゴリズムでは『誤検出』として即座にパージされる旧型だ。……ずっと、役に立たない失敗作だと思い込んできたものが、完璧なシステムを内部から焼き切る武器になった。……奇妙な、バグのような皮肉だな」

「……違いますよ、スエさん」

 ショウタは、自分の熱い左手を見つめた。

「スエさんは、最初から僕たちの心臓でした。……廃倉庫で、泥にまみれて初めて練習した時。僕の荒れた呼吸のリズムは、隣で鳴っていたスエさんの義腕の駆動音に合わせて整っていったんだ。……『ストリートドッグス』の最初の形は、スエさんのあの『ギチリ』という音が、僕たちに教えてくれたんですよ」

 スエの手が、初めて凍りついたように止まった。

 彼女は長い沈黙の後、かつて誰にも呼ばれなかった、自分の名をゆっくりと反芻した。

「……スエ。かつて、誰も呼ぶ者のいなかったこの名は、私が自分を管理するために選んだ『記号』に過ぎなかった。……だが、お前たちがその不規則な声で呼ぶたびに、それは私の唯一の『居場所』へと書き換えられていった。……もう、自分を無価値だと演算かたづけることは、できないな」

 ドバイの乾いた、砂を孕んだ風が、二人の間を通り抜けていく。スエが、修理痕の残る銀色の義腕を、誇らしげに、ゆっくりと持ち上げた。

「……決勝、ロシア戦。お前の父親が、あそこに立っている。換装率99.8%の、究極のシステムとしてな」

「……はい」

「私は、血縁については何も知らない。……だが、私は、お前が肺を焼き、血を吐きながら磨き上げてきた、その左腕の『ノイズ』だけは、誰よりも信じている。……怪物のコピーとしてではなく、お前自身の、お前だけの叫びとして、あの男を正面から撃ち抜いてこい」

「……はいっ!!」

 二人は立ち上がり、眩い、偽りの光の中へと戻っていく。

 屋上のフェンス越し、遠く蜃気楼のように揺れる決勝の舞台『アイアン・オアシス』。

 そこには、世界という名の完璧なシステムが、一匹の野良犬の、最後の一咬みを待ち構えていた。

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