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からくりドッヂボール  作者: 水前寺鯉太郎
ワールドカップ編

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44/80

第44話:個人が生きる瞬間(2)

 準決勝、最終盤。

 ドバイ・ナショナル・スタジアムの十二万人が、一人の少年の左腕に、世界の運命が収束していく凄絶な瞬間を目撃していた。

「……これが、僕たちが泥を啜って見つけた、唯一の答えだっ!」

 

 ショウタが放った、一投。

 それは父から強欲に奪った「捻り」、フランスの舞台で体得した「刹那の静止」、キューバの泥臭さから盗んだ「変速」――。それらすべての矛盾を、自らの焼ける肺のビートで強引に同期させ、一つの「物理的なバグ(怪物)」へと昇華させたものだった。

 

 中国代表『龍神経ニューラル・ドラゴン』。主将チョウの超聴覚が、その未定義の弾道を解析しようとした瞬間――共有されていた全神経網が、過負荷による火花を散らして焼き切れた。

 ドゴォォォォンッ!

 

【チョウ HP:300 → 200 / 警告:神経網の全システム・ダウン】

 

 システムの中枢が崩壊した。その刹那、完璧な一糸乱れぬ動きを誇っていた五人の動きが、糸の切れたマリオネットのように、零点八秒という永遠にも等しい空白の中で死に絶えた。

「――お待たせ! 野良犬ストリートドッグスの、食事の時間だぜぇ!!」

 タイシの咆哮が、アリーナの静寂を切り裂いた。

 『1ミニッツ・パワー』。彼はその零点八秒の亀裂に、己の全存在と右腕のカウルの全熱量を叩き込んだ。

 「システム」という名の、無機質な鎧を剥がされ、ただの「震える四人の人間」に成り下がった敵陣へ、タイシの拳が放つ衝撃波が容赦のない鉄槌として振り下ろされる。

 

【ソン HP:200 → 0】 【リン HP:150 → 0】 【ゴウ HP:220 → 0】

 

 数字が狂ったように削り取られ、アリーナを支配していた冷徹な合理性は、生身の暴力的な熱量によって粉々に砕け散った。

 ピーーーーーッ!

 

「……自己選手のライフ損耗率の最低値を達成。――勝者、日本代表!」

 十二万人の歓声が、砂漠の夜空を物理的に震わせる。

 下馬評最弱の「日本代表」が、システムの巨龍を地上の泥へと引きずり落とし、決勝への切符をその牙で毟り取ったのだ。

 通路の闇の中。

 ショウタは、隣を歩く神崎レンの、激しく排熱の蒸気を噴き出す鏡面仕上げの義腕を見た。

「……私の処理装置の中で、新しい挙動が記録された。対象:ショウタ。……『信頼すべき変数』として定義を上書きする。……非合理的だが、これが勝利への唯一の正解だった」

「……神崎さん」

「勘違いするな。私はまだ、勝利のために君というリソースを利用したに過ぎない」

 そう言いながらも、神崎の光学レンズの奥には、初めて、凍土を溶かすような温かな光が灯っていた。

 ロッカールーム。

 そこには、日の丸を背負いながらも、相変わらずオイルと汗にまみれて笑い合う、不器用な仲間たちがいた。

 タイシが咆哮し、サクラが涙を拭い、スエが静かに、だが誇らしげにショウタの左腕に緊急冷却シートを貼り付ける。

 ショウタは、感覚の消えかかった左手を、痛みを確かめるように強く握り締めた。

(――待ってろよ、親父。僕のこの腕が動くうちに、あんたに会いに行く)

 

 掲示板に表示された、決勝のカード。

【FINAL:日本代表 vs ロシア代表 『鋼鉄の血脈』】

 その赤く燃える文字が、ショウタの瞳の中で、宿命の導火線となって熱く、激しく、爆ぜた。

 

 野良犬たちの、世界を相手にした最後の反逆。

 その最終楽章は、自分自身の「血」に流れる呪縛を、自らの一投で断ち切ることから始まる。

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