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からくりドッヂボール  作者: 水前寺鯉太郎
ワールドカップ編

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37/80

第37話:正攻法で殴る(1)

 ベスト8、後半戦。

 ハーフタイムのベンチは、ドバイの最新鋭冷房さえも焼き切らんばかりの、静謐で、かつ凄絶な熱に包まれていた。

「……審判の歪みを利用して勝つのは、ここまでだ」

 清盛キヨモリの声が、日本代表――否、誇り高き**『ストリートドッグス』**の面々の魂を叩いた。

「不正にタダ乗りすれば、俺たちの魂まであいつらと同じ泥沼に落ちる。後半は力で、正攻法で、あの騎士連中のメッキを剥いでやる」

「……そのために、一つ提案してもよろしいでしょうか」

 ベンチの隅。これまで影のように沈黙を守っていたアナリスト、オオシロ・カナタが立ち上がった。彼はホログラム端末を操作し、イギリス主将コンスタントの歩行データを拡大した。

「コンスタントの左足首。……前半終了間際、ほんの0.1秒接地時間が長くなっています。彼自身も無意識でしょうが、疲労骨折の前兆だ。これで彼の得意技『タツマキボール』の威力は$80%$減する」

「……気づかなかった。関節トルクの数値に異常はないはずだが」

 工藤クドウが驚愕に目を見開く。オオシロは、自身の生身ゆえに古傷を抱えた膝を静かに撫でた。

「データには出ません。私が見ているのは、生の筋肉が発する『震え』――重心の微細な揺らぎ、視線の泳ぎ、そして決断の瞬間の呼吸の詰まりです。機械化を選ばず、生身で戦い抜くために削り出してきた、私の『眼』です」

 神崎レンが、無機質な走査光をオオシロへ向けた。

「……非論理的な手法だが。工藤、その予測変数をシミュレートしろ」

「了解。……計算完了。オオシロ氏の指摘通りに、コンスタントの重心をレフトへ誘導すれば、投球ベクトルは15度外側へ流れる。……勝機はある!」

 清盛が立ち上がり、ショウタとタイシの肩に手を置いた。

「戦術は決まった。相手がルールの神なら、俺たちはそのことわりを腕一本で書き換える『バグ』だ。……行くぞ、野良犬共!」

 ピーーーーーッ!

 後半開始のホイッスル。

 ドームを埋め尽くした十二万人が目撃したのは、先程までの萎縮した姿とは別人のような、獰猛な「牙」を剥いたストリートドッグスだった。

 ショウタは、オオシロの言葉を脳内のリズムに代入しながら、コンスタントの瞳の奥を凝視した。

(――瞬き、呼吸、重心……。見えた!)

 コンスタントが左足を踏み込む瞬間、わずかに眉間に走った「苦痛のノイズ」を、ショウタの喘鳴ビートが正確に捉えた。

「タイシさん、左だ! 逃がさないで!」

「おうよ! 騎士様、下層の泥にまみれるダンスの時間だぜぇ!」

 タイシの右拳。重加速カウルが紅い排気を吹き出し、空間を殴りつける。バットなど不要。彼の拳が繰り出す衝撃波の「圧力」だけで、コンスタントを逃げ場のない左サイドへと物理的に追い詰めていく。

 

 狼狽。

 イギリス代表の完璧な陣形が、データに存在しない「生身の観察眼」という名の槍によって、内側から瓦解し始めた。

 

 ショウタは、痺れる左手を深く、弓のように引き絞った。

 中央に開いた、巨大な空白の座標。そこは、機械の計算も、審判の忖度も届かない、純粋な「意志」のみが通過を許される領域。

「……正攻法で、あんたの『正義』をぶち抜いてやる!」

 少年の左腕から放たれた一投。

 喘息の震えをあえて乗せたその球が、世界の「伝統」という名の壁に、真っ向から牙を剥いた。

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