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からくりドッヂボール  作者: 水前寺鯉太郎
ワールドカップ編

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35/80

第35話:審判が敵になる(1)

 ベスト8、第三試合。

 ヘリオス・ドームを埋め尽くした十二万人の熱狂は、この試合を前に、霧が立ち込めるような不気味な「重圧」へと変貌していた。

 対戦相手は、競技の宗主国。イギリス代表『ロイヤル・ナイツ』。

「……気づいているか。今日、俺たちはマウンドに立つ前から、すでに敗北という名のハンデを首にかけられている」

 工藤クドウが戦術ルームのホログラムで展開したのは、英国ドッヂボール協会の利権と血筋が複雑に絡み合った、審判団のバイオ・データだった。

「主審ロバート・ヒギンズ。協会の現役理事であり、騎士勲章の授与者だ。連盟の規定上は『中立』だが、彼が握るホイッスルは、イギリスの騎士道を汚す蛮族のノイズを排除するためにのみ存在する」

 神崎レンが、鏡面仕上げの特注義腕を静かに点検しながら、冷徹な補足を加えた。

「イギリスにとって、ドッヂボールは野蛮な球蹴りではない。文明の証明であり、高潔な儀式だ。彼らにとって、我々のような下層出身者は、その美しさを汚染する『ウイルス』に過ぎない。……ヒギンズの網膜には、我々の動きは最初から『不正』としてレンダリングされていると思ったほうがいい」

「オーバーライン、タッチ・ザ・ボディ、危険な投球……。これらすべての解釈権はヒギンズの主観に委ねられている」

 工藤が示したのは、17項目に及ぶ「解釈のレッドゾーン」。

「我々は今日、相手の肌に指一本触れず、ラインの十センチ内側で戦わなければならない。少しでも砂を噛めば、即座に退場デリートだ」

「……クソがっ! マウンドの上でまで、階級クラスに土下座しろってのかよ!」

 タイシが壁を殴りつけた。重加速カウルから散った火花が、清潔な部屋の床に黒い痕を残す。工藤は冷徹に首を振った。「……不当なレッドカード一枚で、俺たちのドバイは終わる。それだけの話だ」

 入場直前。ショウタは、隣を歩く神崎レンの、凍りついたような視線に気づいた。

「……ロシア戦のキャプテン、エンドウ・ケンジ。HP750。全身換装率99.8%」

 神崎の低い声。清盛から事情をインポートした彼は、ショウタの「血の呪い」を、すでに勝利への冷徹な変数として処理していた。

「彼は、相手の生体ユニットを効率的に『解体』することに特化した、人型の外科手術器だ。……今日のイギリス戦で、無駄な損耗をするな。お前がここで折れれば、ロシアの喉笛を噛む者は、この日本代表には一人もいなくなる」

 神崎は励ましも、憐れみも口にしなかった。ただ、ショウタの命を、最終目標である「父の解体」のための最重要資材として定義した。それは、エリートである彼なりの、最大級の信頼の形だった。

「……分かっています。僕の左手は、あの人の胸板をぶち抜くために残してありますから」

 通路の出口。

 『ロイヤル・ナイツ』の五人が、一点の曇りもない白銀の装甲を纏い、一糸乱れぬ「騎士の礼」を捧げていた。主審ヒギンズが、その高潔な振る舞いに、聖職者のような慈悲深い眼差しで頷く。

 ショウタが激しく咳き込み、喘鳴を漏らした瞬間、ヒギンズの眼差しは一転して、汚物を見るような生理的な嫌悪へと歪んだ。

 その光景は、日本代表『ストリートドッグス』を、文明の「外側」へと追放するための、冷酷な処刑セレモニーだった。

 ピーーーーーッ!

 静寂を切り裂く、高潔な殺意を孕んだホイッスル。

 野良犬たちの、審判という「神」を相手にした、死の鬼ごっこが幕を開けた。

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