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からくりドッヂボール  作者: 水前寺鯉太郎
ワールドカップ編

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31/80

第31話:嵐の入り口

 ドバイ・ナショナル・スタジアムの夜。

 十二万人の観客が発する異常な熱気は、砂漠の冷気を焼き尽くし、アリーナの空気を物理的に膨張させていた。

 日本代表のグループステージ初戦、対キューバ。

「……あいつら、自分の肉体を『ただの消耗品』だと思っていやがる」

 コートの向こう側に立つキューバ代表。彼らのライフ値は総じて低かった。だが、その機体設計は、日本国内の常識を根底から蹂躙するものだった。

【キューバ代表:設計思想】

戦略的損耗(Strategic Depletion):損傷箇所を試合中に規格品パーツと即時換装。機能維持率を限界まで高める「使い捨て」型・物量モデル。

 一発の直撃で腕がひしゃげ、冷却液が噴き出しても、彼らは眉一つ動かさない。ベンチから投入された予備パーツが、わずか十秒で「カチリ」という非情な音とともに接続される。火花とともに再起動する鋼鉄の腕。それは、命を削って戦う者への、この上ないシステム的な冒涜だった。

「神崎、お前はベンチだ。この試合、初手は『生身』だけで行く」

 清盛キヨモリの宣告に、ロッカールームの空気が一瞬で凍土へと化した。

「キューバの攻撃は『対機甲関節破壊』に特化した高周波弾だ。お前の精密な特注パーツを真っ先にスクラップにさせるわけにはいかない」

「……論理的だ。承知した」

 神崎レンは、感情を排した声で応えた。だが、鏡面仕上げの義腕が一瞬だけ激しくノイズを発した。自分を温存するという「非効率な情」に対する、エリート特有の冷ややかな苛立ち。

 スターティングメンバー:清盛、タイシ、サクラ、トキ、ショウタ。

 全員が生身。下層から這い上がってきた、純然たる『ストリートドッグス』。

 ピーーーッ!

 電子ホイッスルとともに、暴力の嵐が吹き荒れた。

 キューバのアタッカー、マティスが放った重力弾『巨岩落とし』。空中で慣性制御を無視して加速した黒ボールが、サクラの肩を掠め、強化コンクリートの床をクレーター状に陥没させる。

【サクラ HP:100 → 95 / 警告:左肩に挫滅痕】

「次、ここを通す! ベクトル固定!」

 新戦力、鳳凰院ホウオウイントキが動いた。

 彼は攻撃せず、ただコートの「重心」を書き換えるように、物理演算の隙間を縫って走り回る。彼が引く目に見えない「確率の線」によって、キューバの連動狙撃が、確実に数センチずつ標的を逸れていく。

「……おう、悪くねえな。弾道が見えたぜ!」

 その線の中心。タイシが右腕の重加速カウルを最大出力で爆ぜさせた。

 飛来する『テンペストボール』に対し、タイシは逃げるどころか、過熱して白煙を吹くカウルを拳に乗せ、正面から殴りつけた。

 ガリィィィンッ!

 金属と衝撃が激突する悲鳴。キューバのバハマの左腕が、タイシのカウンターによって火花を散らして粉砕される。だが、バハマは無機質な笑みを浮かべたまま、自らその腕を無理やり引き剥がし、新しい腕を装着するために淡々と後退した。

 試合開始から二分。日本代表のライフは、加速度的に削られていた。

【HP total:日本代表 310 / 警告:清盛の生体反応に遅延を確認】

 ショウタは、左手で次のボールを掴みながら、心臓が口から飛び出しそうな動悸に襲われていた。

(――エンドウ・ケンジ……親父……。あの赤い目は、今、どこで僕を見ている?)

 掲示板で見た、全身換装率99.8%の怪物の残像。それが肺の奥の喘鳴を狂わせる。一定であるはずの「リズム」が、過去の亡霊に追われるように歪なビートを刻み始めていた。

「ショウタ! 自分の呼吸に集中しろ!」

 トキが、過呼吸で崩れかけた清盛の体を受け止めながら叫んだ。彼は清盛のバイアル・スロットに緊急用の電解質タブレットを叩き込み、無理やり心肺を再起動させる。

「死ぬのは勝った後だ。今は、この一分だけを生きることに全演算を注げ!」

「……ああ。ドバイの熱に焼かれるには、まだ早すぎるな」

 ショウタは、血の混じった息を喉の奥で強引に抑え込んだ。

 左手の熱。父への憎執。十二万人の残酷な好奇の目。

 そのすべてを、次の一投の「ノイズ」として代入する。

「……来いよ、部品共。俺たちの命は、十秒じゃ交換できないんだよ!」

 残り時間、三分。

 野良犬たちの、世界を相手にした最初の「反逆」が、砂漠のドームに凄絶に響き渡った。

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