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からくりドッヂボール  作者: 水前寺鯉太郎
ワールドカップ編

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29/80

第29話:新戦力と亀裂

 代表合宿四週目、月曜日。

 アッパーシティの、呼吸を拒むほどに滅菌された空の下に、二つの「異物」が降り立った。

 一件目は、絶対的エース・神崎レンの合流。

 二件目は、最年長・山田の右膝組織壊死による、事実上の追放。そしてその空席を埋めるために選考委員会が送り込んできた、計測不能な「無改造者」の招集。

鳳凰院ホウオウイントキ / 17歳 / 全身換装率:0.00%】

「……0%。システムによる評価を拒んだ、真のバグというわけか」

 工藤クドウがホログラムの数値を網膜に映し、不快そうに眼鏡を押し上げた。

 体育館の扉が開く。最初に現れたのは、軍用機のような鏡面仕上げの義腕を鈍く光らせた、神崎レン。彼は清盛の前で立ち止まり、軍隊のような無機質な一瞥を送った。

「神崎レン、合流した。清盛主将、指示は『統計的な効率』に基づいて願いたい。それ以外は、私のリソースの無駄だ」

 彼はタイシの横を通り過ぎる際、その磨き抜かれた義腕を一瞬だけ明滅させた。

「タイシ、君の瞬間最大出力は評価する。だが、その後の『冷却待ちの20秒』は、一部リーグ(ワン)では致命的な欠陥だ。私が前線で最適解をレンダリングし続ける間、君は後方で私の『肉のタンク』として待機していろ。それが、全滅を免れる唯一の生存戦略だ」

「……あぁ? 随分と丁寧な『首輪』を用意してくれたじゃねえか、おい」

 タイシの右腕のカウルが過熱し、黒い煙を吹く。だが神崎は、その怒りを「低効率なエネルギー消費」として無視し、自分のロッカーへと消えた。

 その日の午後。二人目の新加入者が現れた。

 泥の跳ねた古いジャージ。無造作に結ばれた長い髪。そして、胸元には「NO METAL CORE」——機人化反対運動の、擦り切れたステッカー。

「鳳凰院トキです。……よろしくお願いします」

「機械化不服従の、シンボル様のお出ましというわけか」

 工藤の冷笑に、トキは静かに、だが鋼鉄のような重みを持って首を振った。

「そんな大層なものじゃない。ただ、誰かの勝手な値付け(査定)で、自分の体の一部をゴミに書き換えられるのが、反吐が出るほど我慢ならないだけだ」

 神崎が、冷たい走査光をトキへ向けた。

「君の不服従は、経済的なリターンを放棄した感情論に過ぎない。機械化は、この世界を生き抜くための正当な『投資』だ」

「その投資のせいで、俺の仲間はパーツの借金に追われ、最後は名前さえ消されて廃棄ラインに溶かされた。……あんたの言う『合理性』ってやつは、そんな死人の山の上で計算されてるんじゃないのか?」

 二人の間に、火花が散る。

 かつて下層で出会い、共に泥を啜った仲間たちの中に、アッパーシティの「光」と、システムの最深部の「闇」を背負った二つの火種が投げ込まれた。

 合同練習は、耳をつんざくような不協和音を奏でた。

 神崎は機械の精度で弾道を支配し、チームを駒として動かそうとする。対するトキは、生身の肉体だけで、あたかも「コートの境界線を書き換える」ような不可解な動きを見せた。

「……トキさん。今のステップ、重心の移動が……データの予測とズレている」

 練習の合間、ショウタが尋ねた。トキは、自分の傷だらけの左手を見つめ、静かに答えた。

「重心だよ。個体出力で勝てないなら、チーム全体の『重心』を意図的に狂わせて、スタジアム全体の確率を操作するしかない。……俺は、機械化されないこの体で、完璧な演算機ロジックを出し抜いてみたいんだ。そうすれば、このクソみたいなシステムの檻が、一センチくらい、ひしゃげる気がして」

 ショウタは、その言葉を自分の「焼ける肺の熱」の中に代入してみた。

 喘息のリズムをビートに変えた自分。国籍を奪われ、影から世界をハッキングするスエ。そして、世界そのものに「ノー」を突きつけるために生身を貫くトキ。

「……思想は違っても、あんたの引く『線』は、僕のシュート回転の助けになりそうだ」

 夜の体育館。

 ショウタの放つ、肺の震えが乗った歪な球と、トキが引く不可視の境界線が、交互に闇を切り裂く。

 遠く、出口で立ち止まっていた神崎レンが、そのノイズだらけの光景を数秒だけ見つめ、何かを演算するように目を細め、音もなく去っていった。

 ドバイへの旅立ちまで、あと四ヶ月半。

 野良犬たちの咆哮に、新たな旋律——システムの裂けバグを抉り出す、美しくも残酷な不協和音が混じり始めていた。

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