表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
からくりドッヂボール  作者: 水前寺鯉太郎
リーグ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/80

第2話:寄せ集めの亡者たち

 その場所は、地図から抹消された都市の肺胞だった。

 配送作業の帰り道、しょうたの足を止めたのは、静寂を切り裂く暴力的な破裂音だった。

 ——シュッ、……ドォンッ!

 コンクリートの壁を、重い質量が音速に近い速度で打撃する衝撃。上層のスタジアムから降ってくる「興行」としての空疎な轟きとは違う。それは、生存本能を逆撫でする、剥き出しの殺気だった。

 肺の奥が疼く。関わってはいけない場所だ、と理性が警笛を鳴らす。それなのに、足は磁石に引かれるように、影の濃い路地へと吸い込まれていった。

 蔦が血管のように絡みつき、看板の剥げ落ちた旧時代の体育館。半開きの鉄扉から漏れ出してくるのは、下層の湿った澱みを焼き払うような、摩擦と汗の「風」だった。

 隙間から覗いた光景に、しょうたの鼓動が跳ね上がった。

 ——飛んでいる。

 照明の死んだ空間を、数人の中年や若者が、重力を嘲笑うような軌道で舞っていた。

 彼らが追うのは、黒いゴムを幾重にも巻き付け、不規則な突起を持つ歪な重量球。それが壁を、天井を、床を、複雑な幾何学模様を描きながら跳ね回っている。

 機人フルメタルではない。そこにいるのは、醜く盛り上がった筋肉を汗で光らせ、擦り傷だらけの肌を晒した「人間」たちだった。

「スエ、仕留めろ!」

 鋭い号令が飛ぶ。

 中心で指揮を執るのは、側頭部に深い傷跡のある男だった。飢えた野獣のような眼光。

 その声に応え、作業着の少女——スエが地を蹴った。彼女の左腕は、肘から先が無骨な鉄の義手だ。機人のような洗練されたクロム合金ではない。重機の残骸を継ぎ接ぎしたような、油塗れの鉄塊。関節の隙間から漏れる青白い放電が、彼女の焦燥を物語っている。その鉄の拳が、飛来するボールを「捕球」せず、破壊的な勢いで殴りつけた。

 だが、衝撃の瞬間、ボールに加えられた不規則な順回転が義手の受領面を滑った。

 \vec{V}(速度)と$\omega$(角速度)の不一致。

 制御を失った黒い弾丸が、物理法則に従って、扉の隙間に立つしょうたの眉間へと爆ぜた。

 逃げる時間は、ない。

 死を覚悟した瞬間、しょうたの脳内で、深夜の路地裏で培ったシミュレーションが限界速度で起動した。

(入射角、十五度。回転軸は中心から右へ三・二ミリ……。面で殺すな、線で奪え!)

 世界が薄く引き伸ばされ、スローモーションに沈む。ボールを包むゴムの継ぎ目、空気の剥離、そのすべてが「数式」として網膜に焼き付く。

 しょうたは左足を一歩引き、右腕を突き出した。それは打撃ではなく、猛スピードで走る列車に手を添えるような、極めて精密な「接触」だった。

 ガァァァンッ!

 掌の皮が、摩擦熱で一瞬にして焼き切れる。

 だが、しょうたはボールの勢いに逆らわなかった。自らの体幹を軸にし、ボールの持つ運動エネルギーを円運動へと変換スウィングさせる。

 遠心力が腕を千切らんばかりに引き絞る。骨が軋む音を無視し、彼はその「回転」を逆向きに上書きして解き放った。

 放たれたカウンターは、鉄の義手よりも鋭い放物線を描き——

 中心に立つ男の、その喉元数センチを真空に焦がして、男の掌中へと吸い込まれた。

「…………」

 体育館の空気が凍りついた。

 義手の少女・スエ。重機のような体躯の巨漢。データ端末の光に顔を半分沈めた男。

 最底辺で生きる「亡者」たちの視線が、扉の隙間で肩を上下させる、痩せこけた少年に突き刺さる。

 男がゆっくりと、熱を持ったボールを握りしめる。

「……生身の反射じゃねえ。ベクトルを読みやがったか」

 男はしょうたの、今にも潰れそうな肺の音を値踏みするように見据え、ふっ、と短く嗤った。

「入れ、ガキ。ここは——」

 男の口の端が、鋭利な刃物のように吊り上がる。

「世界に捨てられた欠陥品ジャンクが、神の並べた盤面をひっくり返すための場所だ」

 しょうたは、痺れる右手をゆっくりと開いた。

 皮膚は裂け、血が滴っている。

 だが、その激痛は、上層の眩しさに焦がれるだけの昨日までとは違う、確かな「生」の証だった。

 スクリーンの中の偽物じゃない。本物の「赤」が、今、自分の掌を濡らしている。

「……やってやる」

 血の滲む拳を握り直し、少年は短く、不敵に笑った。

「俺の肺が、焼き切れるのが先か。あんたらの『退屈』をぶち壊すのが先か……勝負だ」

 少年の宣戦布告に、廃墟の温度が一段と跳ね上がった。

 亡者たちが嗤う。それは歓迎でも、嘲りでもなかった。同じ地獄の底から、天を撃ち抜こうとする共犯者の合図だった。

 しょうたは、まだ知らない。

 この瓦礫のチームが、上層の秩序を根底から揺るがす「禁忌の技術」を隠し持っていることを。

 そして、自分の血に眠る父の遺産が、最下層の「数式」を「神話」へと書き換えるトリガーになることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ