第15話:それは公正な勝負か
第15話:それは公正な勝負か
ベクター・アリーナの光は、もはや希望の輝きではなかった。それは、真実を塗り潰すための、あまりにも醜い「白」だ。
ミライの義眼が再起動し、コートの情界を再び支配下に置いた。だが、本当の「解体」は、その後から始まった。
「……ッ、今の、入っただろ!」
タイシの咆哮が虚しく響く。
しょうたが放った黒球。それは確実にアイアンクロウのアタッカーの胸板を捉え、装甲を凹ませた。だが、審判のホイッスルは鳴らない。それどころか、スエが完璧な位置取りで捕球した瞬間、無慈悲な笛が鳴り響いた。
【警告:オーバーライン。ストリートドッグス、攻撃権喪失】
「……踏んでいない。私のセンサーは、ラインまで九センチの余裕を記録している」
スエの無機質な声。だが、彼女の銀色の義腕が、怒りに似た不快な駆動音を立てた。
審判は答えず、ただ視線を冷たく逸らした。その瞳の奥には、メタルコープ社の利権を守るという「プログラム」が埋め込まれているかのようだった。
「副審、面白い冗談を言うな」
ベンチから、工藤が立ち上がった。眼鏡の奥の目は、絶対零度。
「リプレイ・システムが『保守中』なのは知っている。保守担当はメタルコープの子会社。協会の重役の半数はその株主だ。……つまり君の笛は、スポーツの審判ではなく、ただの『集金用のラッパ』というわけだ」
「……ベンチコーチ、警告。次はない」
審判の頬が、怒りでわずかに引き攣った。工藤は冷笑を浮かべて席に着く。
「あれでいい、しょうた。……世界に『この試合は汚れている』と刻みつけた。あとは、その泥沼の中で、あいつらの首を毟り獲るだけだ」
残り時間、九十秒。
ライフ差は、依然として絶望的な三倍。だが、工藤は最後の「毒」をコートへ放った。
「山田、時間だ。……これを、脳に叩き込め」
差し出されたのは、真空パックのタコの燻製。
「……おい、この状況で飯かよ」
山田が不敵に笑い、封を引き千切る。
それは、ただの食事ではない。山田がかつて陸戦特殊部隊で、一カ月の潜伏狙撃を可能にするために施された「生体拡張プロトコル」の鍵だ。特定の海洋性アミノ酸。それが引き金となり、彼の脳内で死んでいた「多腕制御」の回路が、火花を上げて再起動する。
コートへ入った山田の右腕が、微かに歪んだ。
残像。いや、脳が認識する「影」の腕だ。
しょうたは見た。山田がボールを構えた瞬間、彼の背後に、もう一本、もう二本と、幽霊の腕がうごめくのを。
「——逃げ場なんて、最初から作ってねえんだよ」
山田が振り抜いた。
投球は、一つ。だが、その弾道には「二重の殺意」が宿っていた。
機人ジオが、驚異的な反応速度で回避行動を取る。だが、彼が着地したその寸前、時間差で放たれた「二発目」の影が、彼の回避先を完璧に予測して突き刺さった。
ドォォォォンッ!
ジオの機械化された脇腹が火花を上げ、彼はこの試合で初めて、マウンドに膝を屈した。
【ジオ LIFE:100 → 95】
観客席が、爆発した。
それは応援ではない。システムが、データが、腐敗したルールが、「野良犬」の一撃によって強制終了させられたことへの、魂の叫びだった。
しょうたは、血の滲む唇を噛み締めた。肺の限界値が赤く点滅している。視界は狭まり、酸素を求める心臓の音が耳元で爆音を立てている。
だが、今の彼には見える。
驚愕に揺れるミライ。膝をつくジオ。そして、無機質な鉄面皮を崩したカインの顔。
「……嘘じゃないだろ。……これが、俺たちの答えだ」
残り、四十五秒。
野良犬たちの、数値化不能な処刑は、まだクライマックスを待っている。




