第13話:データは嘘をつかない(1)
第13話:データは嘘をつかない(1)
1 ベクター・アリーナ
ベクター・アリーナの照明は、廃棄スタジアムとは別の意味で眩しかった。
四方から差し込むスポットライトがコートの白線を浮かび上がらせ、観客席はすでに満員になっていた。スポンサーロゴが空中に投影され、試合開始までのカウントダウンが秒単位で表示されている。場内アナウンスが両チームの選手名を読み上げるたびに、観客席のどこかから歓声が上がった。アイアンクロウの名が呼ばれた瞬間、歓声の音量が一段、跳ね上がった。
しょうたはコートの端に立ち、相手陣営を見た。
カイン、ミライ、ジオ。映像で見た三人が、生身の——いや、機械の質量を伴って、そこにいた。残る二人は、データで確認した通りのアタッカー陣。ハルの姿は、ベンチの一番奥にあった。視線は合わなかった。合わせるつもりがないようだった。
審判のホイッスル。試合開始。
黒ボールが投じられた瞬間、清盛が動いた。
2 計算された封殺
清盛の瞬足が爆発する。
スタートダッシュから一気に中央へ切り込み、相手陣のラインを撹乱しにかかる。三部リーグでは、これだけで戦況の主導権を握れた。スピードに付いてこられる人間がいなかったからだ。
だが、アイアンクロウは違った。
ミライが義眼で清盛の進入軌道を瞬時に演算し、その先に黒ボールを置いた。清盛は反射的に方向転換する。次の進入路にも、すでに黒ボールが待っていた。三度目の方向転換で、清盛のスピードが微かに鈍った。観客席から、低いどよめきが起こった。
「……塞がれてる」
ベンチで工藤が呟いた。眼鏡の奥で、目が細められていた。
「軌道予測じゃない。あれは、清盛のスタミナ消費パターンを計算してる。瞬足を使うたびに、次の三秒後の位置が読まれてる」
しょうたはコートの中で、その言葉を聞いていなかった。だが、自分の体感で気づいていた。清盛の動きが、いつもより早く重くなっている。スキルが封じられているのではない。スキルを使うほど、相手の罠に近づいていく構造になっている。
3 二分の壁
試合開始から九十秒。
清盛のフォームに、わずかな乱れが出始めた。瞬足の起動が一瞬遅れる。コーナリングで足が滑る。それを見たミライが、義眼を一度だけ細めた。獲物の動きが「予測通り」に変化したことを確認する目だった。
ベンチでスエが立ち上がりかけた。
「清盛、下がれ。一度休め」
声を上げたのは工藤だった。だが清盛は応じなかった。応じられなかった。下がれば、コートの均衡が一気に崩れる。スエが踏ん張っても、サクラが小回りで凌いでも、二部リーグの機械化選手たちの圧力は止まらない。清盛が前にいることだけが、現状の防波堤だった。
しょうたはコートを横切りながら、清盛の横顔を見た。
顎に汗が伝っていた。呼吸の間隔が、第9話の通路で見たそれと、同じになっていた。
二分。それが、清盛のスタミナの限界だった。誰よりもしょうたがそれを知っていた。
4 後手
二分の壁を超えた瞬間、カインが動いた。
【MAX VELOCITY(最高速度):287km/h】
画面の隅に、その数字が再び浮かぶ。投球フォームに無駄がない。腕が振り抜かれる前から、しょうたには軌道が見えていた——だが、見えても止められない。速度が違う。質量が違う。黒ボールが空気を裂く音と同時に、清盛のウォッチが鳴った。
【清盛 LIFE:100 → 95】
たった五。だが、五で済んだのは清盛が反射的に半身を逸らしたからだ。直撃ならもっと削れていた。しょうたの中で何かが冷えた。アイアンクロウは、清盛を一発で外野へ送るつもりはない。削るつもりだ。スタミナ切れのタイミングを正確に計算し、最も効率よくライフを奪う。それが彼らのやり方だった。
観客席のどこかで、笑い声が上がった。上層ラウンジの方角からだった。
しょうたは左手を握った。コートの中央で、清盛がもう一度走り出そうとしていた。だが、その足は明らかに、さっきまでより遅くなっていた。
試合は、まだ始まったばかりだった。




