第13話:データは嘘をつかない(1)
〈ベクター・アリーナ〉の照明は、敗者を屠るための断頭台の輝きに似ていた。
四方から降り注ぐ、彩度を極めたスポットライト。それがコートの白線を鋭利なレーザーのように浮かび上がらせ、逃げ場のない檻を完成させている。一万二千人の観客が発する地鳴りのような歓声は、もはや応援ではなく、これから始まる「精密な解体作業」への、醜悪な期待の渦だった。
正面に立つ王者——〈アイアンクロウ〉。
カイン、ミライ、ジオ。全身の九割以上を軍事規格のセラミックとカーボンへ換装した三体の怪物が、一分の隙もない陣形で、冷徹にこちらを見据えている。
ベンチの奥、ハルと一瞬だけ視界が重なった。だが、彼は即座に、感情を去勢された「部品」としての無関心の中へと沈んでいった。地下駐車場で漏らした「裂け目」の音は、今や完璧なプログラムによって塞がれている。
ピーーーッ!
開戦を告げる電子ホイッスルが耳を刺す。
その音と同時に、清盛が地を蹴った。
「——っ、らぁ!」
三部リーグを制した瞬足。重力制御床の摩擦を計算に入れた極限の加速で、清盛は敵陣の中央へと切り込む。その攪乱が、彼らの生存戦略だった。
だが、二部王者の演算は、その「速度」さえも、解体のための燃料として利用した。
「座標、三一五。……レンダリング、完了」
ミライの義眼に、冷たい青色の走査光が走る。
彼女の放つ青球は、清盛を狙わない。清盛が「次に踏み込む座標」を、物理的に先回りして封鎖するように置かれた。
清盛が反射的に回避し、軌道を変える。だが、その先にはすでに次のボールが、唸りを上げて待機している。罠ではない。設計図の上を、清盛が予定通りに走らされているのだ。
「……誘導されてる」
ベンチで工藤が、肺を絞り出すように声を漏らした。
「奴ら、清盛の瞬足を止めていない。瞬足を使うたびに上昇する廃熱量、心拍数、そして生体組織の損耗率をリアルタイムで解析して、彼を『最も致命的にオーバーヒートするルート』へ誘導し続けているんだ」
九十秒が経過。
コートを駆け巡る清盛の動きに、微かな「ノイズ」が混じり始める。
コーナリングで足首のモーターが悲鳴を上げ、呼吸の音が、高熱を持ったサーバーの排気音のように、重く、金属的に響き始めた。バイオ・リンクの警告灯が、清盛の首筋で「限界温度」を告げる赤色に明滅している。
ミライが、一度だけ無機質に口角を吊り上げた。
それは、実験体が予測通りの熱損壊を起こしたことを確認した、「設計者」の笑みだった。
清盛は止まれない。止まれば、スタジアムの自動防衛システムが、静止した「障害物」として彼を排除にかかるからだ。顎から滴る黒い汗が、コートの床を汚していく。一滴ごとに、彼の命の灯火が、数値として削られていく。
二分——。
それが、ストリートドッグスの心臓である清盛の、死のデッドライン。
ショウタは思い出した。非常灯の下、壁に指の形を刻んで耐えていた清盛の背中を。彼の体には、誰にも明かしていない「欠陥」がある。それを今、アイアンクロウのデータは、容赦なく白日の下に晒そうとしている。
その瞬間を、カインは見逃さなかった。
「……処理を、開始する」
漆黒の機動腕が、しなる鞭のように爆ぜた。
【PROJECTILE VELOCITY:287km/h】
衝撃波が空気を引き裂き、音が死滅したあとに、破壊がやってくる。
見えていても、肉体が反応することを忘れる——「絶対的な物理法則」。
ドォォォォンッ!
激突音。清盛は半身を逸らしたが、ボールが纏う真空の渦に叩きつけられ、ライン際まで吹き飛んだ。観客のウォッチが、賭けの的中を告げる無機質な電子音を、一斉に鳴り響かせる。
【清盛 LIFE:100 → 95】
たった、五。
だが、ウォッチに刻まれたその数字は、慈悲などではない。
一撃で葬るのではなく、スタジアムの熱狂が最大化するまで、ゆっくりと、効率的に「解体」する。それが王者の流儀だ。
ハルが言った言葉が、ショウタの肺の奥で不快に反響する。
——三日後、お前はただ、効率的に殺されればいい。
これが、その「効率」の正体か。
「……へっ、いい、……計算、だ」
清盛は、内出血でどす黒く変色した膝を震わせながら、もう一度立ち上がった。だが、その瞳から光が失われつつあるのを、ショウタは見ていた。
ショウタは、痺れる左手を強く握り締めた。
(——データの通りに動いているのは、どっちだ?)
完璧なアイアンクロウの演算。
だが、その、あまりに「正解すぎる」軌道に——ショウタの網膜が、小さな「違和感」を捉え始めていた。
ハルは言った。「マウンドのチルト角は、最初から決まっている」と。
ならば、その「あらかじめ決定された未来」こそが、王者の唯一の死角ではないのか。
最適解しか出せない演算機は、「最適解以外の無価値な行動」を、シミュレーションに組み込むことができない。
ショウタは、肺を焼くような深い喘鳴をわざと吸い込み、自分の「ノイズ」を確認した。
野良犬たちの牙は、まだ、折れていない。




