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からくりドッヂボール  作者: 水前寺鯉太郎


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第12話:ハルという裂け目

第12話:ハルという裂け目


1 地下駐車場


 二部リーグ初戦の三日前、しょうたは一人でスタジアムの下見に向かった。

 会場はミドルシティ中層の「ベクター・アリーナ」。三部の廃棄スタジアムとは比較にならない規模だった。観客動員一万二千。ガラス張りのエントランス。スポンサーロゴで埋め尽くされた外壁。しょうたは正面ゲートを避け、地下駐車場の方へ回り込んだ。中を覗き見るだけのつもりだった。

 角を曲がった瞬間、人影とぶつかりかけた。

 「——っと」

 しょうたは慌てて飛び退いた。相手は微動だにせず、ただこちらを見下ろした。

 背の高い少年だった。十六、七歳ほど。痩せた体に、やや古い型の機人スーツ。袖から覗く右腕は機械化されているが、義腕の継ぎ目が綺麗に隠されている——非合法品ではなく、登録済みの正規品だ。胸元のロゴを見て、しょうたは息を止めた。

 アイアンクロウのチームエンブレム。


2 ハル


 「迷子か」

 少年が言った。声に抑揚がなかった。

 「いや、その……下見に。試合の前に、会場を」

 「レインボーガーディアンズのアタッカーだろ。しょうた」

 名前を呼ばれて、しょうたは固まった。少年は無表情のまま、続けた。

 「俺はハル。アイアンクロウのベンチだ」

 ハル。記憶の中の選手データに、その名前はなかった。試合に出ていない選手まで頭に入れていなかった。しょうたが言葉を探していると、ハルが先に口を開いた。

 「お前ら、勝ちにくいぞ。三日後」

 「……そりゃ、相手が強いのは知ってる」

 「強いだけなら、まだいい」

 ハルがそこで言葉を切った。何かを言いかけて、飲み込んだ。しょうたは眉を寄せた。


3 うっかり


 「強いだけなら、いいって……どういう意味?」

 ハルが視線を逸らした。地下駐車場の蛍光灯が一つ、不規則に点滅していた。

 「審判ってのは、人間が選んでる。スポンサーの息がかかってないとは限らない。試合前の選手データも、誰がどこまで公開するか、決めてるのは協会の委員会だ。委員会の中身は、ほとんどメタルコープ系列の人間で——」

 ハルがそこで、はっと口を閉じた。喋りすぎたという顔だった。しょうたは立ち尽くした。今、何を聞いた。何を言われた。頭の中でゆっくりと、言葉が組み上がっていく。

 審判の買収。情報操作。協会そのものの腐敗。

 「……それ、本当の話か」

 ハルは答えなかった。

 「なんで黙ってるんだ。アンタ、それを知ってて、アイアンクロウにいるのか」

 しょうたは思わず一歩踏み込んだ。声が震えていた。怒りなのか恐怖なのか、自分でも分からなかった。ハルがゆっくり振り返り、初めてしょうたの目をまっすぐ見た。

 空っぽの目だった。


4 お前には関係ない


 「……お前には関係ない」

 ハルが言った。低く、平坦な声だった。

 「俺がどう生きてるかは、俺の問題だ。お前はお前のチームで、お前のやり方で、勝てばいい。それだけだ」

 「でも——」

 「忘れろ。今聞いたことは、全部」

 ハルはそれだけ言うと、踵を返した。地下駐車場の奥へ歩いていく。義腕の継ぎ目が、蛍光灯の光を一瞬だけ反射した。しょうたは追いかけることができなかった。声をかけることもできなかった。

 ハルの背中が、暗がりに消えた。

 しょうたはその場に立ち尽くしたまま、自分のウォッチを見た。LIFE:100。試合前なのに、何かがすでに削れたような気がした。

 地下駐車場を出る頃には、夕方になっていた。ミドルシティの濁ったオレンジが、いつもより重く感じられた。

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