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からくりドッヂボール  作者: 水前寺鯉太郎
リーグ編

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11/80

第11話:別格の重さ

 二部(ディビジョン・ツー)登録完了の、翌朝。

 〈ストリートドッグス〉の拠点である廃体育館は、外の酸性雨の音を遮断した、氷室のような静寂に包まれていた。誰の呼吸音すら、耳障りなほどにはっきり聞こえる。勝利の余韻など、一夜にして廃熱の煤とともに消え去っていた。

「……これが、二部の『論理(ロジック)』だ。脳の回路に焼き付けておけ」

 工藤(クドウ)が、震える指でホログラムを展開した。

 青白い光の中に浮かび上がったのは、二部リーグの絶対君主——〈アイアンクロウ〉。三本の記録映像(ログ)が、同時に再生される。

 一本目。キャプテン、カイン。

 画面の中で腕を振るその姿は、彫刻のように美しく、そして残酷だった。全身換装率九十二パーセント。肉体のほぼすべてを最新鋭の軍用サーボモーターに置き換えた男には、投球を乱す「疲労」も、弾道を狂わせる「迷い」も、プログラム上存在しない。

 【計測初速:287km/h / 加速G:計測不能】

 叩き出された数字は、もはやスポーツの領域を蹂躙していた。音速の壁を噛む衝撃波が、映像越しにこちらの空気を震わせる。ボールが放たれた瞬間に真空の道(トレイル)ができ、一瞬遅れてコンクリートが爆ぜる轟音が響く。

 タイシが、右腕の「重加速カウル」を壊れるほど強く握りしめるのを、ショウタは見逃さなかった。かつて、路地裏で同じ夢を見たはずの「鏡」——そのあまりの完成度に、タイシの剥き出しの肌が、脂のような黒い汗を滲ませていた。

 二本目。狙撃手(シューター)、ミライ。

 義眼に内蔵された『未来予測プロセッサ』が、相手の筋肉の微細な電気信号から、五秒後の座標を特定する。彼女が放つ青球は、逃げ惑う相手が「自ら当たりに行く」かのように、その喉元へ吸い込まれていく。

「……未来を、演算で撃ってるのか」

 サクラの声が、恐怖で上ずっていた。彼女の手首で、残り「40」を切ったライフゲージが、警告灯のように力なく明滅している。

 三本目。要(かなめ)、ジオ。

 下半身を丸ごと重力制御ユニットに換装した男は、赤球の包囲網を、まるで散歩でもするかのような軽やかさで躱し続ける。それは「走る」のではない。物理演算の隙間を縫うように、座標そのものを書き換えている(シフト)。

「……勝てる確率を、あらゆる変数から探してみた」

 工藤がホログラムを切り替え、両チームの比較データを並べる。

 【ライフ総量:ストリートドッグス 420 vs アイアンクロウ 1800】

 【平均生存限界時間:142秒】

「だが、結果はこれだ。……僕たちは、開始三分以内に全員が『再利用不能なゴミ』に変わる」

 体育館を支配したのは、三部の時とは質の違う——「工業的な絶望」だった。

 その夜、ショウタは一人、安宿の熱に浮かされた部屋で、カインの投球映像を数千回、繰り返し再生していた。

 

「……ヒュー……ッ、ガハッ……!」

 喉の奥から漏れる、錆びた笛のような音。

 ウォッチの画面には、また一行、【警告:気道狭窄。追加投薬が必要です】の文字が刻まれた。命が、音を立ててこぼれ落ちていく。

(……あんな腕が、あれば)

 自分の、青白い血管が浮き出た痩せこけた腕を見つめる。

 機械(フルメタル)になれば、この肺を焼き尽くす喘息の呪いから、一瞬で解放される。カインたちのように、痛覚を切り捨て、感情を数値化し、完璧な軌道で絶望を射抜くことができる。母の延命だって、「一ヶ月の砂時計」ではなくなるかもしれない。

 ——だが。

 深夜、映像を静止させたショウタの指が、微かに震えた。

 カインの投球は、完璧だ。物理法則の、唯一の最適解。

 だが——見ていて「死」の恐怖が、どうしても湧いてこない。

 三部で戦ったガンツの球。あの、泥臭く、執念深く、相手の関節を砕こうと呪いを込めて放たれた、一投。あの時の「震えるような殺意」が、カインの球には、欠片も存在しないのだ。

(……この人は、僕を見ていない。僕の命を『0』にするという処理を、ただ行っているだけだ)

 それは、誇り高い「野良犬」に対する侮辱ですら、ない。

 ただの、システムによる廃棄処理。

 ショウタは吸入器を強く噛み締め、肺を刺すような薬剤の苦味を、あえて舌に刻みつけた。

 痺れる左手。そこには、確かに「熱」がある。

 機械化すれば、この熱は、消える。

 だが——この「熱」こそが、完璧な計算(ロジック)を狂わせる、唯一の非線形なノイズになるのではないか。

 第8話のコート。赤球の軌道に身を投げた瞬間、世界がベクトルに分解されたあの感覚。あれは、機械の演算ではなかった。焼ける肺と、震える指先と、母の冷たい指の記憶——その全部が一つに混ざり合って、初めて見えた「運命の隙間」だった。

 機械化した瞬間、その線は、きっと二度と見えなくなる。

 最適解が、最善とは限らない。完璧な演算機は、あの夜の「赤」を見つけることができない。

 ショウタは深夜の闇の中、カインの完璧な残像を見据えたまま、自分の肺の苦しみを、わざと、深く吸い込んだ。

 痛みを、捨てない。それが、彼の選んだ唯一の武器だった。

「……待ってろよ、鋼鉄の神様。……お前たちの計算式に、僕の『命』というノイズを代入してやる」

 二部リーグ開幕まで、あと四十五時間。

 野良犬たちの、数値化不能な逆襲が、幕を開けようとしていた。

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