私を見てよ
「ねえ、春ちゃん。遠藤君と喧嘩でもしたの?」
「別に、してないよ」
いつものようにアカネ、ウミカ、イズミの三人と教室でお昼をとっていると、おっとり優しいアカネが眉を下げ小声で聞いてきた。
「その割に、なんだか塩対応だよね」
ウミカは興味津々という顔で乗り出してきた。イズミは大きく頷きながら今日もサラダチキンを食べている。タンパク質摂取タイムだ。飽きないのだろうか。
「ね、いつもおにぎり貰ったり返したり物々交換してたのに、この前から無くなったし」
「遠藤の野良犬化は進んだし」
野良犬化とは、なんだか話しかけたそうに周りをうろつくことだろうか。確かに徘徊する野良犬に見えなくもない……?
「遠藤に聞いても何にも言わないし」
「何か隠してるよね」
「ね。二人して隠し事か~?」
三人の雰囲気が、いつぞやの刑事の顔になった。
確かに、私と遠藤君は喧嘩をしているわけではないが……前ほど話さなくなった。なぜかと聞かれれば、球技大会の保健室での出来事を私が引きずっているからである。
あの日の遠藤君の対応は、別に理解出来る範囲だった。泣いて心配する姉と、それを拒否する私。その場面を見れば、私にもう少し譲歩してはどうかと言うのもわからないでもない。でも、解散した後、遠藤君と姉の間で何があったのか知らないし、盗み聞きした話のまま姉に筒抜けだったらと考えると、今まで通りには話しにくい。
でも、三人が心配するように、せっかく仲の良いクラスなのに私と遠藤君がギクシャクしてしまったことで変な雰囲気になるのも困る。ほっとけばいいのに、ほっとけないクラスメイトが多いのだ。
うーん。どうしたものかとオニギリを咀嚼していると、チラチラとこちらを見ていた遠藤君が立ち上がり、歩み寄ってきた。まさか、公開仲直りという公開処刑か……!? 勘弁してくれ! と思っていたら、遠藤君は幾分か冷静だった。
「星野、食べ終わったら話したいことがある」
「……あ、うん」
こちらを見る遠藤君の表情は凪いでいる……というか、心なしか元気が無い。まるで街角で打ちひしがれる野良犬だ。やっと見つけた食料を目の前で掠め取られた野良犬のような哀愁がある。
それを励ますような視線を向ける男子グループ。何が起きるのだと聞き逃さぬよう耳をそばだてる女子。そして遠藤君と二人にしていいものかと心配そうな三人。
食べ終わったら、というが。
こんな空気で呑気にモグモグ食べ続けるほど気が強くない私は、残りを包みなおし机を片付けて立ち上がる……と、遠藤君も立ち上がった。えっと……? どこで話すのかな……?
*
とりあえず、1Aの教室からどの教室の前も通らず行ける北校舎の方へ歩いた。こんなもんでいいだろう。
「えっと……それで」
「……星野。ごめん!!!」
遠藤君は風を切る速さで、勢いよく頭を下げた。驚いた勢いで半歩後ろに下がってしまう。
「え、いや、なんで」
「……この前、星野先輩と保健室で会った時、よく事情も知らないのに間に入って首突っ込んで」
さすが真っすぐな男。直球でど真ん中にストレートを投げた。
実はここまで来る間に何を言われるのかと頭の中でシミュレーションをしていた。お姉さんに心配かけるのはどうかと思う、家族なんだから話し合え、話し合えば分かり合える……なんてことを言われるのではと考えていた。
しかし、遠藤君は違う視点だったらしい。
「……あー、まあ、遠藤君の言いたいこともわからないでもないから……気にしてないし、大丈夫だよ」
そう言って、少し笑って誤魔化したら一層、遠藤君は眉を下げて弱った顔をした。
「……そんな顔させて、ごめん」
遠藤君の言葉が、静かな廊下にぽつりと落ちた。
「怒ってるなら、怒ってほしい。そうやって笑って壁作って距離とられるとキツイ。……って、どの立場で言ってんだって感じだな。これも、ごめん」
「……怒ってなんか」
怒ってなんかない。怒ってなんていないはずである。だって、謝られているのに「気にしてないよ」以外になんて言えばいい。お姉ちゃんの言ったことは信じないで、お姉ちゃんに私のことを話すのはやめて、本当に関わりたくないだけだからほっといてって──
ああ。私は遠藤君をお姉ちゃんごと、私の中から締め出そうとしているんだ。やっぱり私は変わってない。ずっとお姉ちゃんから逃げるんだ。逃げて、小さくなって、お姉ちゃんに全部委ねるんだ。
──それこそ、お姉ちゃんの思う壺じゃないか。
「あぁ、でも、怒ってるかも」
怒るのは怖い。自分の中にあるものを解放したら、制御を失ったそれに全部壊されちゃったらどうなるんだろうって怖い。でも、私は自分を無視して来たんだ。無視して蓋して閉じ込めて来たから制御方法もわからずここまで来ちゃったんだ。
遠藤君の顔を見上げ、不安気に揺れる瞳を捉える。
「本当は、お姉ちゃんと遠藤君が話してたこと聞いてたの。最初の方から。私の良いところがみんなにちゃんと伝わってるって言ってくれてありがとう。とっても嬉しかった」
声が揺れる。気が高ぶりすぎて泣いてしまいそうだ。
「お姉ちゃんが色々言っていたけど、信じたければ信じてもいい。でも、私は理由があってお姉ちゃんと距離を置いてる。だから、お姉ちゃんと私の間のことはほっといてほしい」
遠藤君の眉がきゅっと下がる。言葉選びに間違ったかも、もっと他に良い伝え方があったかもしれない、そうやって右往左往と駆け回る自分がまだいる。でも、本当に伝えたいのは。
「せっかく仲良くなったんだもん、『お姉ちゃんから見た私』じゃ無くて、遠藤君から見た私を見てよ」
遠藤君の揺れる視線を逃がさぬよう、瞳を真っすぐ見つめる。伝わってほしい。伝わると、いいなと思う。
昼休憩が終了するチャイムが鳴り、ピンと張った視線がゆるりと緩んだ。遠藤君は体の力が抜けたのか、頭を掻きながらしゃがんでしまった。遠藤君の頭頂部、初めて見た。
遠藤君が少し緩んだ表情でゆるりとこちらを見上げ、何か言った。北校舎は人がいないから音量調整が馬鹿になっているのか、まだ続くチャイムの音がうるさくて何を言っているんだか聞こえなかった。
聞こえない、とジェスチャーで伝えると遠藤君は立ち上がり身を屈めると私の耳に顔を寄せてきた。
「星野はかっけぇなって言ったの」
今度はハッキリと、聞こえた。




