コードネーム
先輩と誤解を解き合い、拳と拳で語り合ったかのように仲を深めた私達。
星座研究部にも、やっと穏やかな時間が戻ろうとしていた。
「先輩の名前は圭斗っていうんですね」
早速、先輩の名前を忘れないようにスマホの中にある先輩の連絡先を修正する。
「あ、名前は入れないでね」
「…あ、そうですね。何があるかわかりませんもんね」
もしかしたらお姉ちゃんがスマホを見るかもしれないし…
言われてみれば、お風呂に入った隙に自分のスマホがリビングに移動していたり
借りたよ~と事後報告だったことが……あった。
それも、やり直す前の姉と私の間にあったことだ。
今のやり直しの時間の中では、私は姉に反発して距離をとっている。
部屋にカギもかけたし、姉とあまり顔を合わせないようにしている。
…たぶん、姉が海外に留学して離れて暮らすようになって異常に気付けるようになったのかもしれない。
今のやり直し中の私の中身は、姉と離れて4年過ごしている。
その4年の時間、姉の支配から離れて過ごし解放を味わったことで異常性に気付けるようになったのでは…私は思う。
浅田圭斗、と入力した文字を消して…Kにした。
なるほど。これでKになったのか。
「コードネームK、ですね」
「はは、じゃあこっちはコードネーム"ハルコ"にしておくよ」
「そのままじゃないですか」
目の前にいるのに、お互いメッセージアプリのスタンプを送りつけ合いが始まったことで思い出した。
「先輩、猫は飼ってないんですか。まだら模様のふてぶてしい顔の猫」
「ふてぶてしい顔の猫?猫…というか、動物は飼ってないよ」
タイムリープで見たあの画像の猫は飼い猫じゃないのか。
何枚もあったけどなぁ…でも背景は石畳だった?じゃあ、あれは外で野良猫かなぁ…
「そんなに猫の写真が欲しいの?」
「猫の写真なら欲しいですね」
ふーん、とだけ返しスマホをいじる先輩の顔を窺い見てしまう。
未来の先輩はどこで何しているんだろう。
私は高校を卒業したら寮つきの、あの会社に就職する…予定である。
大学には行きたいけど、家も出たいし…学費…あれ?
そういえば、姉は海外留学までする費用があるのに
なんで私は大学に行かなかったんだっけ?
何か忘れていることがあるような気がして考え込みながらスマホを見ていると
デフォルトの猫のスタンプが送られてきた。
「先輩、これデフォルトで私も持ってますよ」
同じスタンプを送り返す。
「この楽しそうな表情、ハルコに似てるよね」
「似てますかね」
普通のテンションで返したが、私はしっかり聞いていた。
先輩が私のことを"ハルコ"と呼んだことを。
春子、ではなくマルコとかマリオのようなキャラクター感のあるニュアンスだけれど、これには飼育員春子もニッコリだ。
嬉しいからと言って、ここでハルコって呼びましたぁ~?なんて言ったら先輩はツンデレ乙女なので
今後一切、ハルコなんて呼んでくれなくなるだろう。
だから私は反応しないことに決めたのだ。
デフォルトの、とぼけた表情の猫のスタンプを眺めながら少しだけ口端が上がってしまった。
コードネームKと約束したのは、伝文や、手紙、メッセージなどの、誰が書いたかわからないものは信用しない。
メッセージアプリなど文字でのやり取りは残さない。
用事があれば電話で連絡すること。
極力、大事なことは対面で話すこと。
猫の写真を送ること。
さすがコードネームKは用心深い。
「もしかしたら爆弾を背中に付けられて、嘘の供述を強要されるかもしれない時はどうしましょう」
「そういう映画あったね」
「やっぱり先輩もご存じですか」
うーん、と先輩はスマホを机に置くと
腕を組んで真剣に考え始めた。ノリが良い。
「…目を合わせない」
「目、ですか?」
「俺が爆弾魔の立場だったら」
「その視点から考えるんですね」
「不審な仕草は認めないし、言葉も…たぶん命令した文章を読ませるかな。嘘をつく時、だいたい人は目を逸らすって言うし、だとしたら逆に自然なのかなって」
「うーーん。わかりやすいような、わかりにくいような。じゃあ、普段から先輩は私の目を見て話さなきゃいけないってことになりますね」
「目を見て話してるでしょ」
「そうなんですか?」
今は前髪を上げているから目が合っていることはわかるが、普段は黒い前髪シャッターが落ちているもんで…
「見てるよ。しっかりとね」
先輩は私の目をしっかり見ながら、そう言った。
そんな、しっかり、見られて言われると…
「あ、目を逸らした」
「逸らしますよ」
視線から逃げるように体ごと横に向けて逃げてしまう。
「勝った」
照れてしまって先輩の方を見れないが、先輩の声は弾んでいるようだった。




