死刑囚
───先輩はお姉ちゃんのことを知っている。
どこまで知っている?どんな関係?私の事、どんな風に思ってたんだろう
お姉ちゃんと比べてブスだなとか
お姉ちゃんと比べて暗くて変な奴だなとか
お姉ちゃんと違って性格も悪くて頭も悪くて
『お姉ちゃんが言ってあげようか。春子をいじめないでって』
お姉ちゃんにかばってもらってるのに、それを嫌だと思う卑屈な奴だって、思ってるのかも。
頭の中でぐるぐるとめぐる妄想は悪い方にしかいかない。
まるで、悪い展開を先に自分で用意して、傷つかないように自分を守るように。自分で自分を予め傷つけておくようにしているみたい。
胸が痛い。
ソワソワと心臓をナイフで撫でられているかのように居心地が悪い。
「私のこと……何か聞いてました?」
刺すなら早く刺してほしい。
早くとどめを刺して楽にしてほしい。
死刑を待つ罪人のような顔をしている私の様子をじっくりと見ていた先輩は、はーーーっと大きく息を吐いて椅子にどかりと腰掛けた。
「ごめん」
さっきまで死刑執行人だった先輩に椅子をすすめられ、先輩の隣の椅子を少し斜めに引き出し腰掛ける。
先輩の申し訳なさそうに、こちらを伺うような表情に気が緩む……というかキョトンとしてしまう。
なんだ?刺さないのか?処さないのか?
「知っているって言っても、昔の知り合いってだけ。ごめん。俺、実は逆に星野さんの方を疑ってたんだ」
「わ、わたしですか!?」
「そう。君がお姉さんに言われて、ここに来てるのかもって思ってたんだ」
先輩は気まずそうに視線を落としている。
「そんな、まさか。姉にはここのこと話してないですもん」
「……さっきの顔見たら、違うってわかったよ」
「さっきの顔ってなんですか」
「今にも死にそうな顔?」
先輩がニヤリと笑う顔を見て、ようやく体の力が抜けてきた。
座っているのに膝も震えている。どんだけ緊張してたんだ……
「よくわかりましたね」
「待ってたの?」
「……先輩が姉から何か私のこと聞いてるんじゃないかって思ったら、怖くて死にそうでした」
「……そっか」
「……はい」
「疑ってごめん」
「いえ。さっき、私も疑いましたし……おあいこです」
「ふふ」
「ふは」
先輩も気の抜けた表情で笑っている。
先輩とお姉ちゃんがどんな知り合いかはわからないけど……
たぶん、お姉ちゃんから逃げたい側の人なんだろうと思う。
もしかしたら、私が思っているお姉ちゃんに対する不安とか嫌なこととかを先輩ならわかってくれる気がした。わからなくても、もしかしたら先輩は否定しないで聞いてくれるかもな、と少し浮かれていた。
でも、問題は二つあったのだ。
「それで、俺の名前知らないんだよね。改めまして、2Aの浅田圭斗です。今後も、お姉さんにはここのこととか秘密にしておいて欲しいな」
緊張と防御を解いていた無防備な心が深く握りこまれた。
聞き間違いか?
「あさだ……」
「うん。……あぁ、1年に弟がいるんだ。知り合い?」
聞き間違いじゃない。
「斗真の、お兄さん」
先輩は斗真のお兄さんだった。
あの日、斗真はお姉ちゃんのことを『兄貴の…』と何か言いかけていた。
先輩が斗真のお兄さんなら、お姉ちゃんは先輩のなんなのだろう。
先輩の言う『知り合い』程度には聞こえなかったけど。
ていうか、斗真にお兄さんがいたんだっけ?
何年も付き合っていたのに兄弟の話なんて全然……
「星野さん、大丈夫?」
あぁ、いけない。
また一人で考え込んで自己完結しようとしてた。
目の前に先輩がいるんだ。
自分で考えた独り善がりな答えが欲しいんじゃない。
一歩。一歩だけ頑張ってみようか
頑張れ、頑張れ
「あ、すみません……あの、先輩。斗真のお兄さんなんですよね」
「うん。そうだけど?」
「斗真がこの間、姉を見て『兄貴の』って言ってたんです。だから知り合いってだけじゃないんじゃないかと……思っちゃって、あれれーって……その」
しどろもどろになりながらも言葉を紡ぐ私の言葉を、じっと待って聞いてくれる先輩からちゃんと聞きたい。
「あぁ」
「いえ、ごめんなさい。聞かれたくないことだったら全然っ!ごめんなさい!」
そうだ、これも独り善がりだったかもしれない。
私は先輩から聞きたいし、わだかまりを無くして前の居心地の良い関係に戻りたいと思っている。だけど、先輩は違うかもしれない。私の顔なんて見たくないかもしれない。
と、振り子のように一歩を踏み出しても、すぐ怖くなって戻ってしまう。
「いや、不安だよね。星野さんのお姉さんの話題が出た時のリアクション見てたら、なんかわかるって言ったら変だけど、俺にも少し思うところがあって」
先輩は言葉を選んでいるのか、瞳を揺らした。
「星野さんのお姉さんに対して失礼な話だけど、二年前かな。お姉さんに付きまとわれたことがあって、避けてたんだ。だけどまさかの同じ高校で参ったよ。幸い、こんな感じの俺には興味がないみたいだから今は平和なんだけど……」
先輩の言葉を聞き漏らさないように、じっと聞く。
「……お姉さん、ユキさんさ、俺の周りの人に自分たちは付き合ってると言って回ったり友達に色々言ったみたいでさ。正直、入部届けに書かれた名前を見た時に『まさか』って思った」
咄嗟に違う!と目で訴えると、わかっていると頷きが返ってくる。
「でも、一緒に過ごしているうちに星野さんは違うのかもって思い始めててもいる。急に謝るのも困らせるかなと思っていたら、今日まで来てしまいました……」
「だから最初、ちょっとそっけなかったんですね」
「すみません」
先輩は謝りながら、私の様子をチラチラと伺っている。
もしかしたら先輩も、私と仲直りしたいと思っているのかもしれない。
気のせいかな。
もう一歩。あともう一歩だけ、先輩に近付いてみようか。
お姉ちゃんに嫌なことは嫌と言わないと伝わらないように、先輩にも伝えたいことはちゃんと伝えないといけない。
いや、私が伝えたいんだ。
先輩に。
「……でも、それでも先輩は優しかったです。私のような危険人物でも追い出さず、話に付き合ってくれて助かりました。やっぱり先輩は優しいです」
先輩と部室で過ごす時間に癒やされてるんです、っていうのはちょっと恥ずかしいので次の機会に持ち越しだ。
振り子のように進んでは戻ってを繰り返したけど、ついさっきの自分より、今のちょっと頑張った自分の方が好きだな。
満足して顔を上げると、先輩はホワイトボードの方に体を向けて立っていた。
「……」
ピンで髪を留めてるから、赤くなってる耳がよく見える。
「照れてます?」
覗き込むとフイッと顔を背けられる。
「照れるでしょ」
反対側から覗いて見ても背けられる。
「かーわいー」
先輩の可愛さに、じわじわと胸が痒くなってくる。
人差し指で軽く背中を突くとビクッと避けるのに、まだこちらを見れないらしい。
「ヤメテクダサイ」
「先輩かわいい~」
「……」
「あ、拗ねるのはナシですよ」
「スネテマセン」
それから先輩が落ち着くまで、ずいぶんと時間がかかった。




