75騎 限られた安息
村長の館。
クロノスが、城を建てると言ってきかなかったが、結局は多少豪華であるものの、他の家々とそう変わりない、レンガ造りの建物になっていた。
ただ、広さは十分にあり、教会の隣に建てられたこの村長の館が、白銀の村のシンボルともなりつつあった。
「まったくもって、見違えるようでしたよ」
「そうっスよ。オレっちたちが出発する頃は、教会の他には、いくらかの小屋を建てて、畑を作り始めたくらいだったっスからね」
クロノスは、アインツたちの驚きを、嬉しそうな顔で見ている。
その村長の館の客間に、アインツたちは集まる。
クエスが、疲労回復に効くという薬草茶を煎じて持ってきた。
「アインツ君、クロノスは、よく働いてくれたよ。君が帰ってくるために、って、それこそ粉骨砕身だったさ」
「そうなんですよ。ゴブリンと仲良くして、言葉まで教えて、それはすごかったんですよ」
「クーネルさんがそこまで言うンすから、大活躍っスね」
「これもアインツ様がお戻りになられた時に、不手際があってはならぬと思いましてね。
お喜び頂けたら、それに勝る褒美はございませんよ」
「こんな畏まったクロノスを見るのも、久しぶりだがな」
クエスの言葉に、一同から笑いが漏れる。
「防備としては、クロノスさんの同じパーティだった、ルミナイトさんや、ブレンさんが、モンスターや野盗からの襲撃を蹴散らしてくれましたし、一緒に戦っていた、てろてろさんも腕が上がったんですよ」
「オレが軍事教練をすることで、村人たちも武器を扱えるようになったからな」
ブレンが、これもまた得意そうに報告を行う。
「教会に立てこもっていた時に、仲間になってくれてよかったですよ」
「ははっ、村長からそう言われると、悪い気はしないな」
「村長か。馴染めませんねぇ」
アインツが困った風を、ごまかすように、薬草茶を口にする。
「それにしても、大所帯になったものですね」
「そうだろう。クロノスもそうだが、ルミナイトたちも、おまえさんの言いつけを守ってな。
なるべく、余計な殺生はしなかった結果、こうなったというわけだ」
クエスは、窓の外から見える村の風景を見ながら、村の仲間を褒める。
「この村を襲った奴らも、結局は食うに困ってやってきたに過ぎなかったからな。
食う物、寝るところがあれば、何も敵対する必要はない。
それどころか、村人ともなれば、いい狩人になるし、力仕事も任せられる。いいこと尽くめだったさ」
「でも、そういう聞き分けのいい連中ばかりではなかったのでは」
「そうだね、アインツ君。
ただ、その時は、命をもってご退場いただいたさ」
「おおう、怖いっスね~」
「でなければ、守るものも守れんさ」
「そうですね。そうなんですよね」
アインツが、言葉に沈む。
「エレーナか」
「ええ」
「まぁ、結果的には生存が確認できたということではないか。
それでよしとせねば、な」
「そうですね。生きてさえいれば、また会う時もあるでしょうし」
「そうだな。ああ、そうだな」
クエスが、自分で淹れた薬草茶を飲む。
「なんでかな。今日はお茶が、やけに苦い……」
「話は変わるのですが、その襲ってきた中に、魔神や魔獣といったたぐいの者はいましたでしょうか」
アインツが、ゲートの件を切り出す。
クロノスがそれに答える。
「アインツ様。一度だけ、魔神が現れました」
「魔神が、ですか」
「はい。ゴツゴツして、岩のような身体で、剣がほとんど効きませんでした。
私とクーネルの魔法で、どうにか撃退できましたが、それまでにかなりの被害を出してしまいました」
「その時に、空間がゆがんで、そこから現れたということは確認できましたか」
「いえ、もう村を襲った頃には、魔神として攻めてきましたので」
「そうですか。ですが、この村にも魔神が出るとは。
この頻度、ここ数年になかったくらいの件数だと思いますが」
「そうだ、それでなンすけどね」
マイキーが、宝石袋から石を取り出す。
「これは?」
クエスたちが覗き込む。
「封印石、と呼ばれる物で、魔神が封じられています」
「なんだって! 魔神が!」
ブレンたちが臨戦態勢を取ろうとしたが、アインツがそれをとどめる。
「今は封印されている状態なので、危険はありません。
ですが、このままというわけにもいかないので、どなたかに契約をしてもらおうと思っています」
「契約? 魔神とか。正気か、アインツ君」
「ええ、大丈夫ですよ、クエス。私だって、ほら」
アインツが念じると、一陣の風と、空気の塊が部屋の中に生じ、均整の取れたプロポーションで、長髪の女性の姿をしたストーリアと、小さいながらもしっかりとした身体つきの女性の姿で現れたシエラが、アインツの脇に立っていた。
「これが、私の契約した、嵐の魔神のストーリアと、甲羅の魔神シエラです」
アインツとマイキー以外の者たちは、一同に驚いた表情で魔神たちを見つめる。
「ここに、雷光と灯火の封印石があります。解放後、打ち倒す直前で、契約交渉をすることによって、仲間になることができます」
アインツは、クーネルとクロノスに視線を合わせる。
「属性としても、魔法使いのお二人に、契約してもらえたらと思っていますが、どうでしょう」
確かに、今まで魔法に近い魔神と推察したため、アインツもマイキーも、契約はしなかったのである。
エレーナに至っては、ヒーラーであるため、電光と灯火では攻撃色が強いと見て、相手にもしなかった。
「アインツ様……。私のために、そのような、勿体ない……」
クロノスは、骨と皮のミイラのような顔を、さらにくしゃくしゃにして、喜びにむせび泣いていた。
「ご期待に応えられるよう、精一杯契約させていただきます!」
「クーネルさんも、よろしいですか?」
「ええ。ありがたいお話で、嬉しいです」
早速、村の空き地に行き、クロノスが灯火の封印石に向かって語りかける。
「おい。早く出て、私と契約しろ」
だが、封印石は何の反応も示さない。
「なんとか答えたらどうだ!」
思いっきり地面に叩きつけると、石とぶつかったのか、大きな火花を散らす。
すると、封印石から徐々に細かな火花が散り始める。
「お、来たか?」
クロノスがその様子をじっと見つめる。
封印石から、徐々に小さな火が現れる。
クロノスは身構え、何が起きても対処できるように警戒する。
小さく弾けるような音がしたかと思うと、炎の渦巻きが立ち上り、その中に大型のネコ科動物のような姿が浮かび上がった。
「来たな、灯火の魔神!」
『我を呼び起こしし者は、おまえか、ニンゲン……』
「ネコが、喋った……?」
周りで見ていたてろてろが、少し嬉しそうにしていた。
「そうだ。おまえの封印を解いたのは、このクロノス様だ!」
『威勢がいいな。よかろう、我を倒せるか試してみよ。さもなくば、この地は焦土と化すであろう!』
炎の大型ネコ科動物が、炎の腕をクロノスに突き出し、引っかこうとする。
クロノスは、持っている杖を、炎のネコに対して振り下ろす。
ポコン、と軽い音がして、クロノスの杖が炎のネコの額に当たる。
『ぐ、ぐわぁぁ!』
「え?」
炎のネコが大暴れしながらのたうち回り、辺りへ火の粉を散らす。
そして、何かが弾けたような音がしたかと思うと、一瞬にして炎が消える。
「お、おい。大丈夫、なのか?」
クロノスが様子を伺うと、そこには尻尾に火がついている状態の子猫が、目を回して横たわっていた。




