74騎 拡大する村
アインツたち一行が森を抜ける。
そこには、一大耕作地となっている平野が目の前に広がっていた。
「すげ……っスね」
「なんでも、南の方から、川を上って商人やら職人やらが来たとかでな。オレたちゴブリンも含めて、白銀の村は1000人を超えているぞ」
「移住が進んだということっスかね」
「確かに、このところ戦乱や飢饉などで、民が土地を離れているという話を聞きます。
実際に、私たちも王都から脱出してきたわけですし」
「そうだな。我がスリード王国からも、辺境の地へ身を隠そうという貴族たちがいたかもしれん」
見渡す平地には畑が広がっており、ところどころ葉物野菜が収穫の時を待っていた。
「しかし、これだけの規模。農業としてはこの短期間で、よくできたものですね」
「そこは、クエス長老やクロノス校長がいろいろ手配してくれてな。農具も新しいものがたくさんできて、オレたちも穴掘りが楽になったよ」
「それは、確かにすごいですね」
「旦那様、これは旦那様の村だ。もっと堂々としていいぞ」
「いや、私はこういったところまでは指示していないのだよ。これはもう、クエスやクロノスさんたちが、考えて行動に移してくれた結果だと思っているよ」
「旦那様は謙虚だな。オレ、惚れ直したぞ。強くて謙虚な旦那様だ」
「いや、それは勘弁してもらいたい」
畑の間を通り、村の中心地へ向かう。
「お、アインツ様じゃねぇか。おーい、アインツ様ー! よくご無事でー」
アインツの見知った村人たち、スリード王国のレオロ村から、命からがら逃げてきた者が、アインツに手を振る。
それに応えるアインツの周りには、レオロ村から共に来た村人たちが集まってきた。
「久しいですね、皆さん。この様子だと、お元気そうだ」
「へぇ、おかげさんで、食うにも困らないどころか、南の町との交易もあるんで、最近は今まで食ったことのない旨いものまで食えるようになりました」
「もう、そのせいで、うちの宿六なんざ、ぶくぶく太っちまいましてね! こうして畑仕事を手伝わせているのですよ」
「へへへ、いやぁ、飯が旨いもんで、つい」
レオロ村出身の者以外もちらほらといるが、当然新しい者たちは、アインツの顔を知らない。
アインツも、軽く手を挙げて挨拶する程度で進む。
村の門が見えた。
ただの村の名前の看板が掛けられているだけの門ではなく、村を囲うように木の板で壁を作っていた。
ところどころに見張りの櫓が建てられており、そこには弓を持った村人が監視している。
「すごい、立派になってるっスねー」
マイキーがあんぐりと口を開ける。
「アインツ様ー! よくぞお戻りになられました!」
門の中から、痩せぎすで血色の悪い、骨と皮だけの男が駆け寄ってくる。
「クロノスさん、ただいま戻りました」
「そこなレンジャーでも使ってご連絡をいただければ、お迎えに上がりましたものを」
「いえいえ、ゴブリンの出迎えがありましたので、そこから先は何事もなく」
「オレっちはスルーっスか」
「それはなによりでした。ゴブリンたちに、粗相はありませんでしたか?」
「いえ、それはまったく。それよりも、会話ができたことにびっくりしていますよ」
ゴブリコが、得意げな顔をしてアインツを見下ろす。
「それで、エレーナはどちらに」
アインツたちは、沈黙で質問に応える。
「まさか、あの人が……。殺しても死なないような奴だったのに」
「いえ、確かに大怪我をしたのですが、消えてしまったのです」
「き、消えた、ですと!?」
「だから、でしょうかね。まだ生きていると、信じていたいのです」
また沈黙が辺りを包む。
「そうだ、クロノスも登録するっスよ」
話題を変えようと、マイキーが割って入る。
「何の話だ。おまえは重要なことを端折りすぎて、意味が解らん」
「まぁまぁ。念話を使う魔神が仲間になったンで、そのリストに加えると、オレっちと念話ができるンすよ!」
「なんだ、おまえと話してもつまらんだろう。意味のないことはしたくない」
「またまた~。何かと便利っスよ、遠く離れていても、会話ができるンすから」
「おい、おまえは阿呆か?」
「なンすか、いきなり」
「その魔神とやらに、エレーナが登録されているか、聞いてみればいいだろう。死んでもリストに残っているというのであれば別だがな」
「あ! ウィスパー! エレちゃんの登録、どうなってンの!?」
煙のように現れた囁きの魔神が、人の形に顕現する。
青白い姿に、見る人から見れば、美男子とも取れるだろう容姿である。
『マイキーさん、エレーナさんの登録は、残っていますよ。私の一覧では、意識を持たない死者は表示されませんので、生きているか、意識のあるアンデッドかのどちらかでしょうね』
「なんと! エレちゃんと念話できるンすか!?」
『試してみましょうか……』
『どうした、マイキーか? 久しぶりじゃの』
「エレちゃん! 生きてたっスか!」
『おお、そうじゃったの。すまんすまん。あれからいろいろあってな。での……』
「すまんじゃないっスよ」
『婿殿は、元気じゃったか?』
「ええ、そりゃあもう、エレちゃんが無事だって聞いたら、元気になっちゃうっスよ~」
「マイキー、エレーナか? エレーナと念話できたのか!?」
「あ、はい、アインツさん、エレちゃんと話できたっス」
「中継者無しでは会話できないのか」
「どうっスか、ウィスパー」
『すみませんマイキーさん。今の私の力では、マイキーさんが登録している方とお話しできるだけです』
「そうっスか、残念っス。でも、オレっちが中継するンで、話をしてくれちゃっていいンすからね!」
『それは遠慮しておこうかの』
「私は遠慮しておきますよ」
「なんだ、二人とも、息ぴったりじゃないっスかー」
「ともかくも、エレーナが生きていた……。生きていた」
「エレちゃん」
『なんじゃ』
「アインツさん、泣いてるっスよ」
『な、どど、どうして!?』
「そんなの決まってるっスよ、エレちゃんが、生きてたー、って」
『ば、ばっかじゃないの! 泣いてないで、しっかりしろって言っといてよね!』
「判ったっスよー。で、エレちゃん、口調おかしいっスよ?」
『うっさいわ、ボケ!』
「マーイーキー! 余計なことをー!」
「わわわっ、アインツさん、ごめんっス! アインツさんは泣いてないっスー!」
「ったく、こいつらは。いつもこのようなものなのか」
「ふふっ、楽しそうでよろしいではありませんか」
アインツたちのどたばたぶりを見て、ヴィルヘンドルとカナーティアが、困った顔をしながらも、笑いを隠せなかった。
アインツたちがはしゃいでいる声を聞いてか、村から皆が集まり出す。
「アインツさん! ご無事で!」
クーネルがアインツの手を握って思いっきり上下に振る。
「お帰りなさい、アインツさん、マイキーさん」
「お前さんたちが帰ってきたなら、宴の支度でもしなくてはな」
てろてろが、クエスが、アインツたちに声をかける。
ルミナイトや他の村の者も集まって、アインツたちを迎える。
「そうそう、先日ナイプライド商会の方が、村に来ましたよ。いい商売と、技術提供をしてくれましてね」
「クーネルさん、それって……どこの方でしたっスかね」
マイキーが記憶を辿る。
「メルクリウスさんのところのですよ」
「ああ、辺境伯になってたメルクリウスさんのところの方っスか!」
「ええ。この方が、その商船の方ですよ」
クーネルの説明で、側にいた商人が、帽子を取ってアインツに挨拶をする。
様々な理由で、様々な場所から、命からがら逃げおおせた者たちも、白銀の村に救いを求めて集まってきたという。
「あっというまに、黒山の人だかりっスね」
「それも皆、アインツ様の村、この白銀の村の者たちでございます」
クロノスの得意げな顔に、一同から笑いの声が上がる。
「村のいろいろなところをご案内したいところですが、今日はひとまず、おくつろぎください。
いつお戻りになられてもよいように、村長の館を建ててお待ちしておりましたので!」
「なにも、そこまでしてもらわくてもよかったのですが」
「とんでもない! ささ、こちらへ」
クロノスがアインツやヴィルヘンドルたちを村長の館へ案内する。
「では、他の皆さんは、村の集会場へ一時的にお集まりいただいて、簡易宿舎と仕事の話をしますので」
クエスが、アインツたちと一緒に来た農民のバルーガたちを、集会場へと連れて行く。
安心して暮らせる場所。
落ち武者狩りまでしていた者たちは、ここにきてようやく身を落ち着かせることができると思った。




