8魔 魔皇レグルス
「な、あのゲートが、アビスクロニクル……」
魔界。ウィノント城の玉座の間に居合わせた者が、言葉に詰まらせる。
「そうだ。アビスクロニクル。オレたちを拘束する、あのシステムだ」
突然、玉座の間に、大きな羽虫の羽ばたきのような音が響く。
一様に驚く魔族たちを見て、レグルスは真剣な目つきに変わる。
「とうとうここまで来たか……」
「陛下、これは、まさか」
「そうだ。ゲートだ」
レグルスは、ガウンの下からまがまがしい棘の付いたメイスを取り出すと、音のする方へ身構える。
音は次第に大きくなる。
「く、空間に、穴が!」
アガダラが懐から短剣を取り出す。
ジョルーダも、腰に挿していたスタッフを取り、呪文の詠唱を始める。
「レイノルズ、前衛が足りん。盾になってくれ」
「承知いたしました、陛下」
侍従長のレイノルズは、両手のひらを前に突き出すと、エネルギーフィールドを展開する。
レグルスたちは、そのフィールドの裏に身を寄せる。
空間に開いた穴が徐々に広がり、中から獣のような目が見える。
赤く炎を宿したその目が、暗闇から覗いているようだった。
玉座の間は、緊張で世界が止まったかのようになる。
聞こえるものは、ただゲートが広がる音。
「来るぞ」
ゲートの中から、炎をまとった獣の足がゆっくりと現れる。続いてもう一本。そして頭。
徐々に身体が玉座の間へ出てくる。
「完全に現れる前に攻撃しろ!」
レグルスが、メイスを獣の前足に当て、転倒を狙う。
エネルギーフィールドの手前からは攻撃できるが、敵からは障壁で弾かれる。
一方的な攻撃が可能になるはずであった。
炎の獣が、レグルスの攻撃した足とは別の足で、エネルギーフィールドを引っかく。
その爪をフィールドが弾いて、鮮やかな火花を散らす。
「陛下、次は破られます」
今の一撃で、エネルギーフィールドが軋んだ音を立て、爪の当たったところが土壁の剥がれるかのように、めくれあがって消滅していく。
フィールドの陰から、ジョルーダが魔法の矢を撃つ。
獣の額に命中するが、その矢の周りに炎がまとわりつき、炎が散ったところには何一つ跡が残らなかった。
「これはいけませんな」
炎の獣がゲートから半身を出したところで、天井からアガダラが短剣を下に飛び降りてくる。
短剣を背中に突き立てると、刺した短剣を横にひねる。
「流体氷塊!」
短剣で作った隙間へ、口に含んだ水袋を吹き入れる。
水袋が炎の獣の傷口から体内へ入り、中で破裂する。
獣の背中から、急速に炎が消え、すぐに氷で覆われ始める。
背中から生えた氷の膜が、腹部へと広がる。
炎の獣が咆哮を上げ、ずり落ちるようにゲートから転がり出る。
全身がゲートから飛び出すと、ゲートがまた羽虫の羽ばたきのような音を出し、徐々にしぼんでいく。
「こやつ1体か。エネルギーフィールドを張りなおせるか?」
「しばしお時間を頂戴できますれば」
「よかろう」
レグルスが、獣の正面にメイスの一撃を加え、バックステップで身を避ける。
元いた空間を、獣の爪が通過する。
距離を開けたジョルーダが、再度魔法の矢を放つ。
氷の苦しさに悶える獣の肩に刺さるが、また炎で霧散させられる。
背後からアガダラが短剣で攻撃し、離脱する。
獣の尻尾が空を切る。
その尻尾に、アガダラが短剣を合わせると、尻尾が千切れて壁まで吹き飛ぶ。
獣は後ろ足で立ち上がり、苦し紛れに咆哮を放つ。
「ぐわっ、なんだこの音の圧力は!」
アガダラは、至近での大音量に、耳を抑えずにはいられなかった。
そこへ獣の後ろ足が、アガダラの胴を捕らえる。
一気に蹴り上げる獣の足に、アガダラが空中に打ち上げられ、したたかに天井へ背中から強打する。
「ぐっ、ぼふぁあっ!」
アガダラが血を含んだ体液を吐き出し、そのまま床に叩きつけられる。
獣はその様子を見ることもなく、エネルギーフィールドを再展開したレイノルズへ襲いかかる。
「左右の爪の攻撃は防ぎましたが、どうやら相手の力が弱まったのか、まだもちそうです」
先程の一撃とは違い、エネルギーフィールドはまだ健在だった。
「よし、ジョルーダはフィールド裏から魔法攻撃を続けろ。オレは遊撃で獣の動きを止めてみる」
「承知しました」
「了解です」
レイノルズの盾に守られた状態で、ジョルーダが魔法の矢を連発する。
背中から侵食した氷が、炎の力を弱め始めているのか、魔法の矢が刺さっても、炎で消し止めることができなくなっていた。
獣が大きな口を開け、レイノルズのエネルギーフィールドに噛みつく。
爪の攻撃でかなり消耗していたフィールドが、獣の牙で噛み砕かれる。
散り散りに砕けたエネルギーフィールドが、その魔力の痕跡だけ残して消え去る。
獣が喉を鳴らして、レグルスをにらみつけたように思えた。
レグルスは、こぶしを握り、獣と対峙する。
再度、獣が大きな口を開けた時、レグルスの後ろから、大きく練り上げられた魔法の矢が、獣の口に向かって飛び込んでいった。
魔法の矢が、獣の喉奥に突き刺さり、その衝撃で後ろにのけぞる形となる。
「参ります」
レグルスは、のけぞった獣の下あごめがけ、十分に力を溜めたこぶしを、一気に振り上げる。
獣は、その攻撃をこらえるも、口からは大量の体液を漏らし、口を開けて荒い息でかろうじて立っていた。
見れば、牙の何本かは折れ、口の中に突き刺さっている物もあった。
「アガダラ、しばし待て。もうすぐ片が付こう」
レグルスは、一瞬で間合いを詰め、渾身の一撃を炎の獣の脳天に振り下ろす。
激しい打撃音と共に、獣の頭が床に打ち付けられる。
ふらつく足で体勢を立て直そうとするが、レグルスが獣の横に回り、氷の張りついた腹部をメイスで突き上げる。
凍ることで硬くなっていた獣の腹部が、打撃によって粉砕される。
獣は、前後に分かれて横たわる。
既に身体を覆う炎は消し飛んでいた。
「ふう、これで終わりか」
レグルスは、メイスにこびりついた肉片と氷を振り払う。
レイノルズがエネルギーフィールドを解除し、アガダラの元へ向かう。
アガダラは、血にまみれた口元から、苦しそうな呼吸を繰り返している。
「よし、オレが診よう」
アガダラの横に片膝を立ててしゃがみ込むと、回復魔法を唱え始める。
「シリアスキュアウーンズ」
アガダラの呼吸が落ち着いたものになり、顔にも生気が宿る。
「まずは休める部屋へ運べ。ひとたび落ち着いたら、養生するよう伝えろ」
「はっ。かしこまりました、陛下」
レイノルズが救護兵を呼び、アガダラを担架に乗せて救護所へ連れて行くように指示を出した。
「さてもさても、手ずから回復の技をお使いになられるとは。アガダラも果報者でございまするな」
「それだけの働きをしてくれた。問題あるまい」
炎の獣は、その属性と同じように、炎のように身体が燃えていき、最後には砕けた石になった。
「封印石も、割れては使えまい。少し加減ができればよかったのだがな」
「この獣も、ゲートの向こうの敵が仕向けたものということでございましょうか」
欠けた石を拾い、ジョルーダがレグルスに質問を投げかける。
「ああ。そうなるな。オレたちではゲートを意のままに操ることは難しい。
極限状態になって、使えるかどうかといったところだろう。
だが、逆に言えば、それだけの条件が揃えば、使うことはできるということだ」
「ほほう、それは面白いお話ですな」
「実際、オレも一度使うことができた。だからこそ、アビスクロニクルのシステムに触れることができたのだが」
「陛下、そのあたり、詳しくお教えいただけますでしょうか」
「そうだな、アガダラや他の者にも伝えたかったが、今となっては致し方ない」
レグルスは、今一度玉座まで行き、魔皇のみが座ることの許される椅子に腰を下ろす。
「まずはこのオレ、レグルス・デュパート・エレイン・ウルグストが、魔界の地から離れたところから話をしようではないか」




