73騎 それぞれの帰還
アインツたち一行は、ゴブリコの案内で獣道を進んでいく。
「以前はこのような道もなにもありませんでしたよね」
「そうっスね。森を開拓し始めたってことっスか」
「オレたち、森、行き来している。道できる」
ゴブリコが草をかき分けながら、前方を指差す。
「森の小屋。切った木を置いておく」
少し開けたところがあり、そこに一軒の小屋があった。
その脇には、丸太が積み上げられていた。
「すごい。こんな小屋までできているなんて」
「木材を仮置きしたり、この小屋を起点に山菜取りや狩りもできそうっスね」
「ここで休憩するのか?」
ヴィルヘンドルは2メートルのジャイアントゴブリン、ゴブリコに尋ねる。
位置が近いと、首を上に向けないと、目を合わせられない。
「そうしてもいい。広場で休め」
「村の人たちはいないのかい?」
「旦那様、他の村人は、木を切る仕事している。小屋にはいない」
「そうか。なら、少し休んだら、村へ行こう」
皆は、木の切り株に座ったり、小屋の壁に寄りかかったりして、三々五々に休みを取る。
「あぁ、だぁ」
カナーティアの抱いている赤ん坊が、ゴブリンの首にしている木の実でできたネックレスを触りたがる。
「あら、この子、ネックレスに興味があるのかしら」
「あばぁ」
赤ん坊が手を伸ばすと、ゴブリンの顔に当たった。
「あぁっ、ごめんなさい、お怪我はありませんの?」
カナーティアがゴブリンに謝る。
「これ、木の実、つなげる」
そのゴブリンは、顔をひっかかれたことは気にせず、ネックレスの話をすると、赤ん坊は声を上げて喜ぶ。
「だぁ、あっばぁ」
「ニンゲン、赤子、かわいい。サルかブタ、似てる。かわいい」
なにを思ったか、そのゴブリンは赤ん坊にネックレスを渡す。
「赤子、これ、やろう」
「あ、よろしいのですか」
「ばぁ、だぁ」
ゴブリンは、赤ん坊の顔を見て、にんまりと笑う。
「ありがとうゴブリンさん。よかったでちゅねー、ネックレス、いただきましてよー」
赤ん坊をあやすカナーティアを見て、ゴブリンも嬉しそうな顔をする。
「アインツ殿、よろしいかな」
「どうされました、殿下」
「あれを見たまえ」
ヴィルヘンドルは、カナーティアとゴブリンのやりとりを指差す。
「モンスターは討伐対象だとばかり思っていたが、目から鱗が落ちたよ。
クロノス校長、と言ったか。大したものだな」
「私も、まさか村人にゴブリンがいるとは思いませんでした。クロノスさんが、頑張ってくれたからなのでしょうね」
「見た目は亡霊みたいな人なンすけどねー」
「まさか、アンデッドではあるまいな!?」
「いやいや、一応は、生きている人間、っスけどね」
確かに、無益な殺生をしないよう、アインツは残るメンバーに言っていた。
(しかし、このような展開までは、予測していなかったなあ)
木漏れ日の中、ゴブリンと赤ん坊の笑い声が聞こえる。
暗鬱とした雲に覆われた空。
魔界と呼ばれる場所の中心に、ウィノント城がある。
魔族の中心であり、魔界唯一の都市である。
「レイノルズ」
「はっ、ここに」
玉座の間。そこに座る者に、侍従長であるレイノルズがかしこまって答える。
「遠征の話は聞いた。オレが魔界から離れていたとはいえ、この結果は残念だな」
「申し訳ございませぬ」
「侍従長たるおまえが謝ることもないだろう。だが、立て直しが大変になりそうだ」
ため息を漏らしながら、魔皇レグルスは玉座に深く座りなおす。
「魔界にいる司令は全員ここに集めろ。早急にだ」
「承知いたしました」
レイノルズが、玉座の間から退出する。
「ふぅ、久しぶりに戻ってみれば、オレが指示したとはいえ、この城も寂しくなったものだな」
玉座から立ち上がり、部屋をうろうろと歩く。
魔皇に従う貴族たちで、司令として任に就いている者たちの紋章が、タペストリーとして壁に掛けられている。
そのタペストリーが、何枚か下ろされ、壁があらわになっていた。
「先の戦で、3名も失ったか」
一本角の長、オルザエンク。猛将グルモル。そして大種族の長、アダルベルト。
オルザエンクは、戦場で水計にかかり、川の下流で溺死体となって発見された。
グルモルは、奇襲部隊ごと火計にかかり、死体も残さず全滅している。
アダルベルトは戦場で重傷を負い、侵攻したティガール大陸で魔族の占領下にあった、ザリュートの城まで退避したものの、手当てが間に合わず、そこで息絶えた。
「戦力の大幅な減少と見るべきか。旧弊を除いたと言うべきか」
入り口のドアが開き、レイノルズの案内で、司令たちが入室する。
「ああ、魔皇陛下。夜と闇の神、メーディスの名にかけて。ご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます」
「よく戻ってきたな、アガダラ。アダルベルトとオルザエンクは、残念なことをした。それにグルモルも」
「はい。私の情報収集が足りなかったばかりに、人間どもの計略にまんまとしてやられた形となりました」
「それも、オレの指示が足りなかったゆえだ」
「いえ、仮にも一軍の将たる者たち。己の分はわきまえております。
この結果も、己の身の至らなさによるもの」
「まったくですぞ。陛下のご命令を遂行できぬ、我が身を嘆くばかりです」
「ジョルーダか。おまえが後方支援で退路の確保に尽力してくれたからな、被害を広げずに済んだ」
「勿体なきお言葉。痛み入ります」
レグルスは、長い金髪をはねのけ、玉座に腰を下ろした。
「カチュアはスクトル大陸でエルフどもの相手と、マディーラはドラグロス大陸か」
「はい。マディーラは、私の部下の報告で、ドラグロスに陛下と似たお姿の者を見たという情報の、真偽を確かめに行っています」
「アガダラ、おまえの部下か?」
「ディグラナータという、ドラゴニュートにございます。
あいにく、先の戦で片足を失う怪我を負いまして、今は療養しております」
「そうか。オレに似た奴か。それであれば、オレも見てみたかったな」
ゆったりとしたガウンを身に纏ったレグルスが、あごを撫でる。
「よろしければ、陛下。このところお姿をお見かけしませなんだが、いかがされましたでしょうや」
「なに、大したことではないがな。少し他の国の情勢を見て回っていたのだよ」
「と、おっしゃいますと」
「この魔界は、ゲートで他の大陸と接しているのは承知の上で話そう」
「は。恐縮です」
「ゲートは、異界門とも呼ばれるもので、別次元、別空間ともつながっているとも言われているな」
「はい。そのようで。
魔界にあるゲートは、ティガール大陸の西のはずれに身を移すことができますれば」
「そうだ、ジョルーダ。
別のゲートでは、魔神が移動してくるというものもある。
魔界へ送られてくる魔神は、そのゲートからやってくるというものだが、そのゲートの位置が割り出せない」
「突然現れて、突然消えるからですな」
「その通りだよ。そして、放り込まれた魔神だけが残り、こちらの世界を蹂躙しようとする」
「確かに、以前より魔界にも、魔神が現れることがありました。
都度退治してまいりましたが」
「そうだ。そしてオレは、魔神の来るゲートがどこへつながっているのかを突き止めた」
レグルスのハシバミ色の瞳が、配下の者たちを見据える。
「アビスクロニクルだよ」




