72騎 運命の出会い
「ゴブリン、戦闘態勢を維持、こちらに近づいてくるっス」
「たとえどのような巨躯であろうと、所詮ゴブリン。刀の錆にしてくれるわ」
ヴィルヘンドルは、構えた武器を握りなおす。
白銀の村へ向かう途中の森の中。
うっそうと茂る木々の合間にこぼれる光が、普段であれば幻想的にも見える光景であろうが、これからの戦いを思えば、枝の影が邪悪な魔物に見える程、精神が緊張している。
「グガァ!」
ゴブリンが唸りを上げて、アインツたちに近寄ってくる。
「威嚇のつもりか、それとも攻撃の宣言か」
ここを通らなければ村に辿りつけないわけではない。だが、相手が敵対行動に出た場合、すんなりと逃がしてくれるとは限らない。
(先手を打った方がいいのか。相手はやる気と判断すれば、だが……)
「マイキー!」
「了解っス! スリンジャー、頼むっス!」
『やってみよう』
辺りに転がる石が宙に浮き、ゴブリンの集団へ向かっていく。
「なっ!」
石飛礫は、ゴブリンの身体に近づきはするが、急激に失速して落ちていく。
そこに見えない壁でもあるかのように。
「これは、ウィンドシールド!」
「まさか! ゴブリンシャーマンは見えないぞ!」
「もう一回やるっス!」
マイキーがさらに石飛礫を投擲するも、結果は同じであった。
「あの大きい奴に当たってみます」
アインツがチャージに使う足場を見定めると、巨大ゴブリンにランスを向けて突進する。
ゴブリンまであとわずかといったところで、意識とは別の方向へ穂先がずれる。
ゴブリンは一歩も動いていないが、アインツのランスだけが向きを変えて、ゴブリンを素通りする。
通り抜けざま、ゴブリンはアインツを見る。
(こいつ……笑った!?)
ランスが通過した直後、アインツは無理矢理突進とは逆の向きへランスを引き戻す。
「これなら!」
ランスの柄が、ゴブリンの脇腹を直撃する。
錐もみ状態で吹き飛んだゴブリンが、数本の木を薙ぎ倒していく程の衝撃である。
だが、仰向けに倒れたゴブリンが、身体をくの字に曲げながら、起き上がる。
「グ……ごごはオレたちの土地だ……。よそ者は、が、帰れ……」
嘔吐しながらも、巨大ゴブリンは警告を発すると、前のめりに倒れて意識を失った。
「ちょっと待て、今、喋らなかったか、このゴブリン」
ヴィルヘンドルは、あまりの出来事に目を丸くする。
アビスクロニクルのゲーム中も含めて、モンスターは人間の言語を解したことはなかった。
今の世界においても、それは変わらない。
「それが、言葉を発するなど……」
「当然だ。我々は、言葉、勉強。聞く話す、できる」
普通サイズのゴブリンも、片言ではあるが、意思の疎通を図ろうとしている。
「は、話が解るのなら、ここはひとつ穏便にできないっスかね……」
マイキーがアインツたちの顔を見る。
「しかし、たった今、あの大きいのを吹き飛ばしたばかりですし。交渉の余地はありますかね」
アインツが倒れた巨大ゴブリンを見ると、身体をもぞもぞと動かし始めていた。
巨大ゴブリンは、ゆっくりと片膝を立て、立ち上がろうとする。
腕で吐瀉物まみれの口をぬぐうと、鋭い眼光をアインツに向けた。
「ご、おまえ、オレをよくも、一撃で……げほっ、一瞬意識がなくなったぞ……」
完全に立ち上がった巨大ゴブリンは、下草を踏みしめながら、アインツに近づいてくる。
「もうやめなさい。おまえたちでは、私に勝てない」
アインツがランスを構え、巨大ゴブリンを制止させようとする。
「いいだろう。オレを一発で倒したおまえに免じて、オレは、おまえの嫁になろう」
2メートルのゴブリンが、アインツの目の前で両ひざをつき、正座の形を取る。
「は、はぁ!?」
アインツが素っ頓狂な声を上げる。
「オレはゴブリコ。白銀の村に住む、ゴブリンの長だ」
「だがしかし、そもそもおまえはメスなのか!?」
アインツは焦点が定まらないまま、しどろもどろな応答をする。
「見れば判ろう、この華奢な身体つき」
「それだけごつい奴は見たことない!」
「つぶらな瞳」
「ゴブリンの顔の見分けなんてつくか!」
「この豊満な胸!」
「それは胸板だろう!」
息を切らせるアインツの肩に、マイキーが手を置く。
「アインツさん、末永く、お幸せププッ」
「マーイーキー!」
「な、おまえ、アインツと言うのか」
傍目からわかるくらい、ゴブリコの目が大きく見開かれる。
「アインツ様では、あの強さ、納得だ。オレより強い奴は初めてだ。オレの目に狂いはない」
「そういえば、さっき白銀の村と言っていたっスね。このゴブリンさん、白銀の村を知ってるっスか」
「ああ、オレたちは、白銀の村に住んでいる」
「な、なんだってぇー! ってことは、いやまて」
マイキーは魔法の地図を確認するが、ターゲットクオーツの光は、以前と変わらない場所にある。
「村はゴブリンに占領されているとでもいうのか。なぜ私のことを知っている。クエスやクーネルさんたちは……」
「長老たちはオレたちと一緒に暮らしているぞ。それがどうした?」
「なん、だと……」
「おい、アインツ殿でもそこのゴブリンでも構わん。オレにも解るように説明してくれ」
アインツたちの寸劇にしびれを切らしたヴィルヘンドルが、状況の整理に乗り出す。
「そうすると、おまえたちゴブリンは、白銀の村に家があって、そこに暮らしていると」
「そうだ。よく解ったなニンゲン」
「ん、まぁいい。それで、この男がアインツで、白銀の村の代表であり、今は世界の謎を解くために旅をしているということは判ったか?」
「ああ。旦那様は、とてもいい男だ。ニンゲンにしておくのはもったいない」
「それはさておき。ほらそこ、笑わない!」
「す、すまんっス。プッククク……」
「オレたちは、この近くの坑道で暮らしていたが、石は食えない。食べ物が少ないから、困るのだ。
ニンゲンたち来て、宝の石盗む。オレたちもっと困った。
そうしたら、クロノス校長がオレたちの世話をしてくれた。校長いいニンゲン。ニンゲンにしておくのはもったいない」
「なるほど、クロノスさんが、ゴブリンたちを村人として迎え入れたということでしたか。
クロノスさんが関係しているのであれば、ゴブリンたちに掛けられたウィンドシールドの謎も解けるというものです」
「にわかには信じ難いが、そのクロノスとやらと会えるのか?」
「村、もうすぐ。近いから森の道、案内する」
ゴブリコが、森の道を先導する。
「早く来い、旦那様。日が暮れると歩くのが大変」
「いや、その旦那様というのはどうかと思うが……」
「旦那と妻だ。おかしいことはないだろう」
「そもそもが、婚姻と言うものはだな、そこ、いつまで笑ってんの!」
「アインツさん、すまんっス。ククク……」
アインツの複雑な思いを乗せて、一行はゴブリコの先導で森を進んでいく。
「マイキー、村はこの先で合っていますか?」
「ええ、一応、地図の上では方角に間違いはないっス」
「アインツ殿、少し神経質すぎるのではないかな」
「いえ、これでも多くの人命を預かる身。これくらいでも足りない程です」
アインツの言葉に、ゴブリコが振り返る。
「あんまり無理するな、旦那様」
「おまえが言うな!」




