71騎 森での遭遇
グレン砦の兵舎にある一室。
倉庫らしきこの部屋には、武器や防具に加え、遠征に必要な道具も揃えられていた。
討伐隊として遠征することもあるため、装備一式としてまとめられているものもある。
「不足している物があったら言ってくれ。準備させよう」
ベルンフォートは、アインツに部屋の鍵を渡す。
「終わったら、鍵をかけて私のところへ持ってきてくれればいい」
アインツたちは、ベルンフォートが部屋を出て行くと、手持ちの装備を確認する。
王都から脱出してきた時の装備は、ところどころ痛んでいるため、補修を必要としていた。
ある程度であれば、今までの経験で直すこともできたが、板金のへこみや傷は、それこそ鎧鍛冶の手で修理しなくてはならない。
「交換できる物があれば、してしまいましょう。それと、食料と水。これは別に食糧庫から分けてもらうことにしましょう」
アインツの鎧は、通常のプレートメイルを主体としている。
嵐の魔神ストーリアの物質化した鎧でも役目を果たすことはできるが、それでは精神的な消耗も激しくなる。
そのため、基本的には通常の鎧を使い、補助としてストーリアの力を付与するのである。
「少し、ベルンフォートさんと話をしてきますので、皆さんは装備の点検をお願いします」
鍵をマイキーに託すと、アインツも倉庫から出て行く。
「ベルンフォートさん、よろしいですか」
開けたままのドアの前で、アインツが部屋の中に判るよう声をかける。
「ああ、構わないよ。入ってくれ」
「それでは失礼して」
部屋に入ると、ベルンフォートの他に、アインツのみ知った顔があった。
「アインツ様?」
バルーガが、アインツの顔を見て声を漏らすが、その直後に後悔したかのような顔に変わる。
「やはり、お知り合いでしたか」
ばつの悪そうな顔をアインツが見せる。
バルーガは、アインツの様子を見て、すまなそうに身を縮める。
「私たちが王都から脱出した時に、故あって行動を共にすることになったのです。
ですが、食べることに事欠かなければ、わざわざ危険を冒すことはなかったでしょう」
「そうでしたか。ここグレン砦へも、エルフェス大公の名で、戦争責任者としてヴィルヘンドル王子が指名手配となっている情報が入ってきています。
その他の方は、特に手配にはありませんでしたが、同行者がいるという話がありましてね。
恰好などは、その噂に合致するところですと、他でも同様に目を付けられていたと見てよいでしょう」
「確かに、行く先々で、バルーガさんたちの扱いが、ただの農民としてではなかった感じがします」
「そ、そうすると、オレたちは……」
「アインツ殿、悪いが、彼らをまたお願いできるだろうか。赤子もいるところで悪いのだが」
「そうですね、砦でご厄介になるというと、砦自体にご迷惑がかかるかもしれないのであれば、よろしいでしょう。
白銀の村は、降った者、助けを求める者には、閉ざす門をもっていません」
「それは頼もしいな。そうしたら、私もその時になったら、アインツ殿の村に行くとしよう」
「はははっ、お待ちしていますよ」
アインツたちは、バルーガたちを連れて、グレン砦を出ることになった。
食うに困った農民たちが、砦で形ばかりの仕事を与えられ、日々を送っていた者も、自分たちの畑を持てるという話をバルーガたちから聞き、アインツたちに同行することになった。
そのため、砦に入る前よりも大所帯での出発となる。
「うわぁ、結構増えたっスね」
「そうですね、皆さんで50名いらっしゃるとか」
「へぇ、50とはすごいっスねぇ。こんなに増えたら、村も大丈夫っスかね」
「まあ、土地だけならありますからね。その点は、地上世界よりはいいでしょう」
ふと、マイキーが以前のことを思い出す。
「確かに、オレっちも、アパート暮らしだったっスからね、それに比べたら」
「マイキー様、アパートとはなんですの?」
「アパートって、1Kっスよ」
「わんけえ……?」
「ま、ウサギ小屋みたいなとこってことっスよ」
「まあ、ウサギのおうちにお住まいだったとは、とっても楽しそうですわね」
照れた顔で頭を掻いているマイキーに、よくは判らないながらもカナーティアが笑顔で答える。
「じゃあ、そろそろ出発しますね。
ベルンフォートさん、いろいろとお世話になりました」
「いえ、アインツ殿。危険な森を挟んでのことですが、それ程遠い訳ではないので、また何かありましたら、お声掛けください」
「ベルンフォートさんにも、囁きの魔神に登録してもらったっスから、遠くてもオレっちと連絡は取れるンで、そん時はよろしくっス」
「了解だ、マイキー殿。王子も、姫も、どうかご無事で」
「世話になったな。それに、オレたちのことを売らないでいてくれたことには、感謝する」
「私も、お世話になりました。お風呂、とても素敵でしてよ」
「情勢が安定したら、またお会いしたいものですな」
ベルンフォートと皆が握手を交わし、砦の門を出て行く。
「それでは皆さん、ご壮健で」
「ベルンフォートさんも、お元気で」
アインツたち含めて54人の一団が、グレン砦を出発する。
日は上り始めたばかりだった。
「さあて、これから王国西の森に入るのですが」
「アインツ殿、森を抜けるのにどれくらいかかるかね」
「そうですね、以前はこの倍の人数で、7日はかかったでしょうか」
「それ程とは。かなりあるな」
「それに、その時は、ドラゴニュートが襲ってきたりして、大変だったっンすよ」
「あら、ドラゴニュートですって? まぁ、私も見てみとうございますわ、マイキー様」
「いやいや、そんな悠長なこと、言ってらんないっスよ。あの時は、他の皆もいて、それでも犠牲者を出したくらいなンすから」
確かに、マイキーの言う通り、以前レオロ村から落ち延びた時、ディグラナータと名乗るドラゴニュートに襲われ、108人いた集団から、15人の犠牲を出すに至ったことがある。
(あの時のドラゴニュート。魔皇と関係しているのではないかと、クエスも言っていた気がする)
突如、ドラゴニュートが退却したのも、アインツたちにしてみれば好都合ではあったが、謎の残る行動だった。
(それに、あの時はクーネルさんやてろてろさんたちもいたし、なによりエレーナがいた……)
エレーナは、ガンツとの戦いで、その姿が消えた。
聞いた話ではあるが、今思えば、遺体も残らず、生死も確認できないまま、黒い霧に覆われて消えたということは、尋常ではない何かを感じざるをえなかった。
(今同じように敵対行動を取る相手が現れたら、私とマイキー、殿下たちだけで対処できるだろうか)
不安を抱えながらも、アインツは白銀の村へ向かって、西へ足を運ぶ。
それから5日あったところで、アインツたちは何か大きな影を見つける。
「アインツさん、木が邪魔してよく見ないっスけど、結構大きな奴がいるっス」
「距離はどれくらいですか」
「そうっスね、およそ800メートルといったところっスかね。サイズは大きいので2メートル近くっス」
「それは大きいな。戦闘態勢を整えつつ、後ろには女性と子供を」
「オレたちもできることはありますか、アインツ様」
「バルーガさん、場合によっては応援してもらうこともあるかもしれませんが、ひとまずは皆を守ってください」
「判りやした、アインツ様」
バルーガは、他の男連中と、農民の一団を守るべく戻っていく。
アインツの傍らには、マイキーとヴィルヘンドルが武器を持って待ち構えている。
「下草と木の後ろに隠れて」
「アインツさん、数は20、小さいのはゴブリンのようです。大きいのも、体型はゴブリンっぽいっスけど、あのサイズは見たことないっス」
「ゴブリンの巨人種か」
「距離、500っス」
「了解、こちらでも視認しました。確かにデカいな……」
あちらが見えたということは、向こうもこちらを発見した可能性はある。
「距離、300」
誰かの飲み込んだ唾が、喉を大きく鳴らす。




