70騎 封印石
「この度は、ご迷惑をおかけしました」
ベルンフォートがアインツたちに謝罪する。
「前総督のしでかしたことだ。そなたに罪は及ばぬよ」
ヴィルヘンドルが、ベルンフォートを安堵させようと、形ばかりではあるが返答する。
「まぁ、その権限が、今のオレには無いがな」
ヴィルヘンドルは、戦闘が終わった後、アインツの神聖魔法の治癒術で、体力を回復させていた。
「大怪我は治せませんので、しかるべき休養は必要ですが、普段の行動であれば、問題ないでしょう」
「それだけで十分だ。礼を言うぞ、アインツ殿」
「私からもお礼を言わせてくださいませ、アインツ様、マイキー様」
騒ぎが収まったところで、普段の服装に戻ったカナーティアだが、裸体を晒すということに対して意識してしまうのか、アインツやマイキーの顔を直接見ることができなかった。
「ともかく、こいつはどうするっスか?」
マイキーががんじがらめにしているモルグールを、足で小突く。
「敵前逃亡は重罪だ。刑に処すのが適切だろうな」
ベルンフォートは、情状酌量の余地はない口調で、己の意見を述べる。
「それは厳しいのではないですか?」
「はっはっは。苛烈を極めたアインツ殿のお言葉とも思えませんなあ。鬼神のごときお働き、相変わらずでしたよ」
原形をとどめない兵たちの亡骸、至る所に飛び散る血潮。
気の弱い者であれば、失神してしまうくらいの地獄絵図がそこにはあった。
「確かに、放逐というわけにもいかぬでしょう。
だが、無駄飯を食わせる余裕も無い。
さて、どうしたものか」
「なんでしたら、白銀の村で引き取りましょうか」
「え、なに言ってンすか、アインツさん! こんな、嫌味で浪費家で高飛車な奴、連れて行く価値もないっスよ!」
「そうだな、オレの素性も割れた今、生かしておく意味が解らん」
ヴィルヘンドルは、傷は癒されたものの、刺された跡の残る脇腹をさする。
「権力がなければ、何もできないどころか、害悪を垂れ流しまくるだけですぞ。
今からでも遅くはない。グレン砦の責任で、この者の首をはねましょう」
「それもそうなのですが」
アインツは、媚びを売るような目で見上げる前総督を見据える。
「危害を加えようとする相手に対しては、完膚なきまでに叩きのめしますが、降伏した相手にまで手をかけるつもりはありません。
一度でも敵対した者を、許すことができなければ、集団として成り立ちません」
「それはそうだろうが……」
「それに、清濁併せ呑む器量が、求められているようにも感じるのです。
集団というものは、数の多寡にかかわらず、属することを是とする者がいれば、それを否とする者も必ず現れます。
モルグールがおらずとも、そのような者は一定の割合で出てくることでしょう」
目を細めたアインツは、冷酷な表情でモルグールを見据える。
「まぁ、何かあったときには、あとくされなく始末できるというものです」
肉食獣の雰囲気を辺りに感じさせる。
「ある種、商才は認めましょう。
であれば、何が己の利となるか、もう本人は理解しているようですが」
モルグールは、無言で首を縦に振る。
「やれやれっスね」
アインツたちは、旅に出るための準備を行う。
「私たちの荷物がどこにあるか、あなたなら知っていますよね?」
さも当然のように、アインツはモルグールへ問いただす。
大浴場でアインツたちが襲われた時には、既に脱衣所の荷物は消えていた。
それどころか、着る物自体が全て奪われていたのである。
衣装程度であればどうとでもなるが、問題は魔神を封印した道具である。
電光の魔神と、灯火の魔神を封印した石が、脱衣所から盗まれてから、見つかっていないのだ。
「ここが、隠し通路で、外部とつながっているところです」
砦の建物から大浴場へ行く、途中の通路でモルグールが止まる。
壁に手を当て、力を入れて押すと、徐々にではあるが、壁が奥へと動いていく。
「ほほう、このような通路があったとは。やはり前任者にはいろいろと教えてもらわねばな」
総督代理であるベルンフォートが、貴族で前任者とはいえ、砦に混乱を招くようなことをするモルグールに対し、頭を小突く。
その姿には、敬意などは微塵も見られなかった。
そこには衣類や背負い袋などが無造作に置かれていた。
「これは、私たちの装備ですね」
アインツが服や武器を持って、ヴィルヘンドルたちに確認を求める。
「うむ、そうだな。いくつか見当たらない物もあるようだが、あらかたここにあるようだな」
(だが、魔神の共鳴とでもいうのだろうか、気配が感じられない)
アインツがマイキーを見ると、マイキーも同じような感覚であることを訴える。
『アインツさん、ここには魔神の封印石がないっスね』
念話でマイキーがアインツに伝えてくる。
『あれだけ無いとすると、問題ですね。もし封印が解かれたりしたら、ストーリアの時のこともありますし』
『そうっスね、灯火の魔神とか、ヤバそうっスよ』
「おい、前総督よ、おまえの頭みたいに、オレたちの荷物も少し足りないようだが、他の物はどこにあるのだ?」
「ど、どこに、と言われましても……」
荷物の中から剣を取ると、ヴィルヘンドルはモルグールの喉元に突き付ける。
「なんだ、人の物を盗んでおいて、どこにあるのかも言えないのか? 情報を持っておらぬのであれば、やはりこの場で始末をしてやった方が、世のため人のためではないかな」
わなわなと震えるが、モルグールはそれに応えることができなかった。
その時、建物の外で、木が裂けるような爆発音が聞こえた。
アインツたちは、隠し通路から外に出て、砦の中心にある噴水のある広場へ目を向ける。
地面がくすぶっているようで、黒い煙が立ち上っていた。
「なにが、いったい……」
ベルンフォートが言葉に詰まった刹那、天から激しい光の洪水がおき、辺りを白一色に染め、同時に、無理矢理大木を立てに切り裂くような音が響く。
「まさか、電光の魔神……!」
噴水を飾る彫刻は、複数の落雷で、次々と破壊されていく。
その中心に、腰を抜かした男が一人、中空を見据えてわなわなと震えていた。
「あいつは確か……」
「ええ、追い剥ぎ団の生き残りで、今は砦の使い走りをさせている、ボドです」
「そうっスよね。思い出したっス。そんな奴もいたっスね~。
にしても、手癖の悪さは、変わらずなンすかね」
「どうしましょうか、あの異常な落雷は、恐らく電光の魔神のものでしょう」
「なんだ、魔神なんていうのは、あんなことも起こるのか」
ベルンフォートは噴水に落ち続ける雷の雨を見て、信じられない様子で自分の気持ちを吐き出す。
「ひわわあわわあわわ!」
言葉にならない悲鳴を上げて、頭を抱えたボドが、雷の槍の中心で縮こまる。
「ストーリア」
『主殿、ご命令を』
「電光の魔神を保護している雷の膜を破れるか」
『仰せとあらば』
アインツは【ストームランス】を構え、雷の中心部へ向けて狙いを定める。
「ストームエッジ!」
ランスを突き出すと、そこから螺旋状の風が巻き起こり、噴水の雷へ向かう。
雷の音と光が、いくつもの火花となって散っていく。
「まだだっ!」
さらにアインツが気合いを入れると、風の渦が塊となって、雷を襲う。
特大の爆発が起こり、噴水が木っ端微塵に吹き飛ぶ。
爆発の霧が晴れた時、そこには失神したボドと、魔神の封印石が転がっていた。




