表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/167

68騎 湯煙の中から

「ふわぁ、生き返るっスね~」

「ぬぬ、マイキー殿、今まで死んでいたということか。よもやアンデッドではあるまいな?」

「ええっ、そんなことはないっスよ! 助けてほしいっス、あいんつさ~ん」

 

 大浴場で、マイキーたちが他愛のない話に花を咲かせている。

 

 グレン砦の大浴場は、兵たちの憩いの場でもある。

 

 今の時間は、兵たちが使う前で、アインツたちの他にはいない。

 施しを受けたせめてもの恩返しにと、アインツたちが風呂掃除を買って出た、その褒美のようなものである。

 

「なにくだらないことを言っているのです」

 浴室の入り口の扉が開いたかと思うと、カナーティアがガウンを着たまま、湯気のこもる浴室へ入ってきた。

 

「わぁ、お湯を張ると、このようなものになるのですね!」

 カナーティアは、湯を入れた浴槽を見て、目を丸くする。

 

「な、お姫さん、なにしてるっスか!?」

 マイキーが慌てて湯船につかり、背中を丸めて縮こまり、アインツは何気ないふりをして後ろを向く。


「なにって、王都では、お湯に浸かるという風習がなかったものですから。

 辺境の地だからこそ、異国の文化も取り入れられているのですね。私、憧れていましたの。お風呂というものを」

 感動した様子で、大浴場を見渡す。

 

「何をそんなに慌てているのだ、マイキー殿」

 ヴィルヘンドルは、堂々と湯船の縁に腕をもたれかけさせたまま、のんびりとしている。

 

「少しお邪魔しますわね」

 カナーティアは、身に纏っていたガウンをはだけると、そのまま下に落とす。

 

 何も身に付けない状態で、湯に足を入れる。

 

「あっつ」

 

 カナーティアが入れたつま先を引き上げると、しゃがんで手で湯の温度を確かめる。

 

「思う程熱くはないと思うがな」

「そうですか? 私には熱く感じられましたわ」

「まぁ、徐々に慣れることだ。ん、なんだ、アインツ殿たちは、楽しんでおらんのか?」


「い、いえ、そのようなことは」

 風呂にのぼせたのか、それとも違う要因なのか、顔を赤くしたアインツが、後ろ向きのまま返事をする。

「そうか、マイキー殿は、いつも通り、か?」

 

「え、えぇ、まぁ、そうっスね!」

 少し前屈みになりながらも、マイキーは平常運転だった。

 

「ささ、こっちは少し水が入ってくるので、ぬるくなってるっスよ」

 マイキーは手の動きでエスコートする。

「ありがとう存じます、マイキー様」

「いえいえ、こちらこそありがとうっス、お姫さん」

「はい?」

 

 カナーティアは意味が解らないが、マイキーのエスコートに従い、少しぬるい場所から湯船につかる

 マイキーの目尻と鼻の下がだらしなく垂れていくが、アインツはそれを見ても、指摘する余裕を持っていなかった。

 

「ああ……、これが、お風呂というものですのね。全身を温もりが包み込んで、ああ、溶けてしまいそう……」

 うっとりとした顔をして、浴槽の壁に寄りかかりながら、風呂というものを堪能する。

 

「ひ、姫殿下、あの、お召し物は……」

「ん、なにを言っているのだアインツ殿は。風呂というものは、裸で入るものだろう?」

 カナーティアではなく、ヴィルヘンドルがアインツの問いに答える。

「ええ、そうなんですけどね……」


「なにかおかしいことでもおありでしょうか……」

 不安げにカナーティアがアインツの顔を覗き込む。

 

「うわっ、わわっ」

 

 アインツは驚いた拍子に、足を滑らせ湯船の中で尻餅をつく。

 

「あら! 大丈夫ですか、アインツ様!」

 カナーティアが慌てて湯をかき分け、アインツの腕をつかむと、そのまま引き上げた。

 

「ぶっはぁっ、ぜぇっ、ぜぇっ……、た、助かりまし……!」

 アインツが礼を言おうと顔を上げた時、目の前には、一糸まとわぬカナーティアの姿があった。

 

 少し桃色がかった大地に、ほどよい大きさの、ふっくらとしたふたつの丘が、アインツの見える世界すべてだった。

 

 その緩やかなカーブを、湯気を立てながら水滴が伝い、湯船に戻っていく。

 長い金髪が、濡れて顔へ張り付くに任せ、上気させながらもカナーティアは柔らかな笑みをたたえていた。

 

「お怪我は、ございませんこと?」

 

「え、ええ。ありがとうございます……」

 そう言うや否や、アインツはまた、けたたましい音を立てて、背中から湯船に倒れて行った。

 

 

 浴槽からアインツを引き上げ、床の上に横たわらせると、マイキーがタオルでアインツをあおぐ。

 

「なんだ、アインツ殿は、女体を見てああなったのか?」

「ま、オレっちもそうっスけどね、あんまり混浴に慣れてないンすよ」

 照れながら、マイキーはアインツをあおいでいる。

 

「貴族、特に爵位の高い者は、日頃から付き人のいる生活だからな。湯浴ゆあみも付き人やメイドがやるに任せておる。

 ゆえに、裸体を見られることに抵抗は無いのだが……」

 

 ヴィルヘンドルは、湯船の片隅で自分の身を掻き抱いているカナーティアを見る。

 

「なにか意識してしまったのかもしれぬな」

 困ったような顔をして、湯船から上がった。

 

 床に落ちたままになっていたガウンを、カナーティアの方に投げると、そのまま大浴場を出て行こうとする。

 

「ん、おまえたち、兵士の入浴時間はまだ後のはずだが……」

 

 アインツは、のぼせておぼろげな頭で、大浴場の入り口に立つヴィルヘンドルを見る。

(湯気でよく見えないけど、誰か入ってこようとしているのかな……)

 目を細めるが、よく判らない。

 

「王子さん!」

 マイキーの声が、ふらつくアインツの耳に突き刺さる。

 

 アインツのぼんやりとした瞳に、ヴィルヘンドルの姿が映し出される。

 

 ヴィルヘンドルと、その正面に誰かがおり、ヴィルヘンドルの背中から、何かが突き出す。

 少し遅れて、鮮やかな、今まで大浴場には無かった色が、辺りに飛び散る。


 赤く。


「いやあぁ! お兄様ぁっ!」

 

 カナーティアの悲鳴が、浴室内に響き渡る。

 

「……倒れて、いられない!」

「アインツさん!」

 

 もうろうとする意識を奮い立たせ、アインツが膝を立て、マイキーがそれをフォローする。

 

「スリンジャー! 王子さんに何かした、あいつを狙うっスよ!」

『判った、マイキー殿』

 

 マイキーが命じると、石飛礫(つぶて)の魔神スリンジャーが、辺りに置いてある飾り石や石灯籠いしどうろうを浮かせ、乱入者へ投げつける。

 

 石灯籠をまともにぶつけられた乱入者が、カエルの潰れたような音を出して、その場でくずおれる。

 

「殿下、大丈夫ですか……!」

 ふらつかせながらも、アインツが、仰向けになって横たわっているヴィルヘンドルに近づく。

 

 ヴィルヘンドルは、自らの血溜まりの中で、苦しそうに喉を鳴らす。

 

「大事ない……。脇腹だ、致命傷にはならん……。敵は武装しておる。数は……3……」

 

 苦しいながらも、ヴィルヘンドルは的確に状況をアインツへ伝える。

 

「今少し我慢願います!

 姫殿下、殿下に手当てを! ガウンでもタオルでも構いません、患部を強く押さえて!」

「は、はいっ!」

 湯船から上がっていたカナーティアが、ヴィルヘンドルの側に寄り、あまりの出血量に青ざめながらも、手当てを開始する。

 

「くっ、ぬかった……わ」

「お兄様、話してはなりません」

 風のような音を口から出して、ヴィルヘンドルの口が閉じる。

 痛みに顔を歪めるが、声に出さずに堪えていた。

 

「ストーリア!」

主殿あるじどの、ここに』

「シエラ!」

『アインツ様、お呼びで』

「来いっ!」

『承知。全身展開、硬質化開始。武装形態、固定化完了』

『シールドモード、スタンバイ。シェルシールド、アタッチ』

 

 すさまじい風の渦と共に、湯気が巻き上げられる。

 

 そこには、完全武装の白銀の騎士が現れた。

 右手に構えたランスが、鈍い光を放ち、左手に備えた盾が、きらめきを見せる。

 

 フルプレートアーマーから出た風が、渦を巻いて全身を覆う。

 

「貴殿ら、このアインツが相手になろう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ