67騎 砦の再訪者
「アインツ様、荒野が終わります。見てください!」
よろめく足を引き摺るようにして、バルーガが喜びの声を上げる。
荒野が途切れており、そこには街道が大きな蛇のように、南北へ通じていた。
「街道まで、出られましたね」
「この辺りだと、北のイベータ城塞よりは、南のグレン砦の方が近いだろうな」
ヴィルヘンドルは、地図を見ながらおおよその位置を判断する。
「それに、この光点、白銀の村は、南に行った方が近いからな」
ヴィルヘンドルが見ていた地図は、アインツの持っている魔法の地図だった。
光点は、白銀の村にいる、長老のクエスが持っているターゲットクオーツの所在を示している。
白銀の村がなんらかの異常事態に見舞われ、場所を移すとなったときに、クエスがターゲットクオーツを持って移動すれば、その所在が判るというものだった。
アインツは、地図を丸めると、荷物袋に放り込んだ。
「そうですね。先程の休憩で皆に配った食べ物が、私たちの持っていた全てです。グレン砦で少しでも食料を分けてもらわなければ、村まではもたないかもしれません」
水はまだ少し残っているが、それも皆でひとくちふたくち、含むことができるかどうかという量だ。
「アインツ様、この子の分だけでも、用立ていただくことはできますかしら」
カナーティアが、赤ん坊を抱きかかえ、アインツに懇願する。
赤ん坊には、布に含ませた水を口にさせるが、日に日に元気を失っていった。
「もう他の方の分も……」
「そうですよね。無理を言いました。許してください」
「いえ、補給がなければ、遅かれ早かれこうなることは解っていました。それでも移動を勧めた、私の責任です。
水は、私の分もこの子に与えてください。食料袋に付いている粉ですが、水に溶いて飲ませてあげれば、少しは足しになるかと思います」
アインツは、腰に下げた水筒と、空になった食料袋を、カナーティアに預ける。
「これくらいしかできずに、申し訳ありません」
「いえ、ありがとうございます。アインツ様」
一行は、幽鬼のごとく、重い足取りで行進を続ける。
農民たちには、既に思考する力はなく、ただただ足を前に運ぶだけになっていた。
歩み続けるアインツたちに、先頭を進んでいたマイキーが戻ってきて合流する。
「アインツさん、遠景視覚で、砦が見えたっス」
「おお、そうすると」
「グレン砦は、もうすぐっス」
力はないものの、歓喜の輪が、全員に広がっていった。
砦が見えるか見えないかのところで、アインツたちが一旦歩みを止める。
「せっかく砦に着いたのですが、私たちがいては、また厄介ごとに巻き込まれるかもしれません。
そこで、私たちはここに留まって様子を見ていますので、他の方は砦に入ってください」
アインツは、以前ヴィルヘンドルたちと相談したことを、農民たちに伝えた。
残る者としては、砦の者たちに顔を知られているアインツとマイキー、指名手配書が届いていることを想定し、貴族であるヴィルヘンドルとカナーティアの4人とした。
「連絡役は、マイキーが担当します。念話の能力で、何かあったら彼に伝えてください」
マイキーが囁きの魔神ウィスパーの能力を使って、念話を行う。
バルーガなど、農民の中でも主要な者には、マイキーと連絡が取れるように、魔神に登録をしておいたのである。
「判りました。お世辞にも、オレたちは気品なんてものは持ち合わせていないので、怪しまれることもありませんよ」
バルーガはそう笑うと、砦の門に向かって歩き出した。
他の者も、アインツたちに礼を言うと、バルーガの後をついていった。
農民たちが門の前に立つと、城壁にいる見張りの兵と、バルーガが何やら話をし、砦の門が開く。
門からは数名の衛兵が現れる。
砦の外で会話をしていたが、砦の兵が招き入れると、農民たちは砦の中に入っていった。
「どうっスか、無事に入れたっスか?」
マイキーが、バルーガたちに念話を送る。
『はい、砦の方は、オレたちを難民として、食料と水を分けてくれるそうなんで』
「それはよかったっス」
農民たちには一息入れさせ、その間砦の中の情報を集めるように指示をしている。
その話では、グレン砦の総督、モルグールは、元老院制の廃止に伴う父親のモルグール伯爵の失脚により、総督の地位を追われ、いずこかに逃げ去ったという。
そのため、今のグレン砦は、討伐分隊の隊長であるベルンフォートが、総督代理として指揮をしているということであった。
不幸な出会いで、ベルンフォートの部下を多く死なせてしまったアインツたちではあったが、わだかまりを捨て、アインツたちに便宜を図るまでしてくれたのである。
「またお世話になるのは気が引けますが、今はそうも言っていられないでしょう」
「背に腹は代えられないっスよ。オレっちたちも、行ってみるっスか?」
「予定通り、バルーガたちとは面識がないそぶりをして行こう。彼らに迷惑がかかっても悪いからな」
「そうですね、私たちだけであれば、どうとでもできますから。よろしいですか、姫殿下」
「ええ、構いませんわ。お兄様に付いていきますので」
満場一致で、アインツたちは砦に向かうことに決めた。
バルーガたちに遅れること数時間、アインツたちもまた、グレン砦へ歩を進めた。
「なるほど、アインツ殿も、かなり苦労されたようですな」
グレン砦の中に入ると、アインツたちには食事と水が与えられ、一息ついたところで、討伐分隊隊長のベルンフォートに面会した。
当然、砦の中では、バルーガたちとは接触を取っていない。
ベルンフォートは、会議室に書棚を置いただけの簡易的な作業場を執務室としていた。
華美な装飾品でめぼしいものは、モルグールが逃げ出すときに持ち出していたが、それでもかなりの物がそのままにされている。
「ああいった無駄遣いの物は、元々この辺りの村々から巻き上げてきた金で買い漁ったものだ。
落ち着いたら、どこかへ売り払って、民衆に還元しないとな」
ベルンフォートはアインツたちに椅子を勧める。
アインツは軽く礼をすると、ソファに座り、ヴィルヘンドルたちも、それぞれ椅子やソファへ腰かけた。
「して、アインツ殿とマイキー殿はいいとして、そちらの方々は」
ベルンフォートは、ヴィルヘンドルとカナーティアに目を向ける。
薄汚れてはいるが、確かに高貴さを漂わせる立ち居振る舞いに、その面差しは、ただ者ではない雰囲気を醸し出していた。
「ご心配なさらずに。今、この砦は、スリード王国の領内ではありますが、辺境の地だけあって、どこの派閥にも属していない、いわば王国内の浮島のようなもの。
先の戦乱の際にも、多少の小競り合いはあったものの、その後ケイティパレスが陥落した時にも、特に新しい総督が来るわけでもなく、半ば放置されている状態ですからな」
確かに、国王派の反攻拠点になるわけでもなく、公爵派の総督が派遣されるわけでもない。
食料の補給はあるものの、兵の増員も行われていないとのことで、砦自体の存在価値は、あまり王都では評価されていない様子であった。
それに、近隣の領主にしてみても、王都へのつなぎと、自領の対応で手を取られ、グレン砦のような周辺の土地まで構っていられないと言うのが本音であった。
「まぁ、詮索はしないでおきましょう。
ひとまずは、今までの疲れを、風呂にでも入って癒されてはどうかな」
ベルンフォートは、アインツたちに休むよう促す。
「では、お言葉に甘えるとしましょう。
つかぬことを伺いますが、私たちの少し前に、なにやら農民でしょうか、避難されてきたような方々を見ましたが」
何食わぬ顔で、アインツはバルーガたちのことを探ってみる。
「ああ、そうなのです。アインツ殿たちがこられる少し前でしたか、難民が来ましてね。
どうやら赤子もいるようで、ひとまず、休ませているところです」
その言葉で、カナーティアが心なしか安心したような面もちになる。
「そうでしたか。赤ん坊がいるとなると、辛い道程だったでしょうね」
「彼らが望むのであれば、砦で仕事を与えてもよいと思っている。兵が少なくなったとはいえ、それでも部隊を維持する必要がある。
その支援に、砦で働いてもらうというものだ。
もちろん、食べ物については働きに応じて支給する。食うには困らないだろう」
「そうですか。それはきっと、彼らも喜ぶでしょうね」
(そうか、それであれば、生きていくことはできるか。無理に連れていくことはないだろうな……)
短い間とはいえ、スクイレル教会の跡地から共に荒れ地を越えてきた旅の仲間の顔が、頭によぎる。
「ああ。だが、これも戦乱の被害者かと思うと、胸が痛くなる」
「そうですね。この戦で、多くの命が失われました」
「それでも私は、皆を守りたい。この世界の謎を解き明かして、元の世界に皆を還したいと思っているのです」
アインツは、今までおぼろげであった自分の気持ちを、はっきりと口に出したのである。




