66騎 跳躍
大地溝帯を横切る橋の東西に、それぞれ設けられた砦の、東側にアインツはいた。
砦の牢獄から抜け出したアインツは、爆風の影響で飛び散った瓦礫と共に、建物の外へ飛び出した。
もうもうと上がる土煙に、砦の兵が集まり出す。
「なんだなんだ!」
「なにがあった!?」
「いきなり砦の壁が爆発したぞ!」
砦の兵たちの喧騒をよそに、アインツは煙に紛れてその場所から離れる。
(まだ見つかってはいないだろうが、それも時間の問題か)
『アインツさん、大丈夫っスか』
(マイキー、今のところ大丈夫です。少し派手に飛び出してしまいましたかね)
崩れたレンガの影をぬうように、アインツが橋へ続く門へと向かう。
(正面突破、行けるかね)
「筋力上昇! ストーリア、ストームブースト!」
『了解した、主殿』
一瞬、アインツの筋肉が波打つと、地面を蹴る力が強まり、一歩一歩が速く、大きくなる。
それに嵐の魔神ストーリアの、後方へ吹き出す風の勢いが加わり、通常人が走る速度の3倍で移動を行うことができる。
「いたぞ、脱走だ!」
兵たちがアインツに気付くも、見ていた瞬間に、全てが過去のものとなっている。
一瞬後には、既にかなりの先へ、アインツは駆け抜けていた。
「門を閉めろ! そいつに橋を渡らせるな!」
砦の兵が、門兵に門を閉じるように伝える。
「遅い」
門が閉じる動作を開始したものの、それが閉じきる前に、アインツは通過してしまう。
「は、速い! 何て速さだ!」
「呆けている場合かっ! 西門へ伝達! 信号弾、ってぇっ!」
何かが打ち上がる音がすると、上空に大きな音と光が広がった。
アインツは、長い橋の半分にまで到達していた。
「門を閉じよ! 東砦で問題が発生した! 西門は閉鎖してこれに対応する! 門を閉じよ!」
西の砦の門兵が指示を飛ばすと、西門がゆっくりと閉まり始める。
「ストーリア、門が閉まりかけている。突破する方法はあるか」
『ございます、主殿』
「では、それを使おう。行けるか?」
『承知仕った』
ストーリアは、アインツの足と背中から噴き出す風の量を、さらに高めた。
アインツの走る速度が上がる。
「これはもう、走るというより、地を滑るといったところですかね」
アインツが滑走して、西門が閉まる前に通過しようとする。
「門を閉めろ、閉めろー!」
西門の門兵が、自らも門を押しながら、他の兵をも巻き込んで、少しでも早く門を閉じさせようとしていた。
(行けるか!?)
アインツがさらに速度を上げる。
轟音と共に、橋につながる西門が閉じた。
西門の内側、西の砦の中に、アインツはいなかった。
アインツは、まだ橋の上を進んでいた。
(門を通ることはできなかった)
「だがっ!」
見張り台に乗った兵が、アインツの姿を見て、砦の兵たちに叫ぶ。
「脱走者、橋に突っ込んできます! 走る速さを緩めようともしません!」
「なんだと、突撃するつもりか!?
だが、この門の扉は、ジャイアントでも破壊できない強度を誇る扉! 素手で破壊するには、魔法でも持ってくるしかあるまい!」
門兵は、扉に絶対の自信を持っていたが、その顔は緊張で強張っていた。
今まで誰も立ち向かおうとすらしなかったこの門を、誰が破壊できると思うか。
不意に、見張りの兵がアインツを見ると、その右手には、一本のランスが握られていた。
「な、あいつ、どこからあんな物を……」
アインツは、ランスを橋と扉の間に突き刺すと、それを軸として、棒高跳びの要領で、身体を宙に舞い上がらせた。
「と、跳んだぁ!」
見張りの兵が目を見開くと、アインツは扉に駆け寄り、1回、もう1回と、門を蹴り、身体を上へ運んでいく。
そして3回目。門を上から乗り超えたアインツが、最後の跳躍を行う。
閉じられた門の遥か上を跳び、アインツは砦の領域へ入ってきた。
砦の人間の、だれも予測していなかった、上空から。
「着地させる前に、網でも何でもいい! 用意しろ! 奴を捕らえるんだ!」
「警備兵、前へ! 着地点と想定する場所を包囲し、目標に穂先を合わせろ!」
ある程度練度の高さを伺える内容で、砦の兵たちがアインツの着地場所へ集まってくる。
アインツは空中で後ろ向きになり、【ストームランス】を後方の地面に向けた。
「エア・バースト!」
アインツが魔神に指示すると、【ストームランス】から凄まじい風が吹き出す。
落下中に発生した横風は、アインツの身体を押し出し、兵たちが集まっている地点から遠い位置へ着地させた。
「裏を取られた! 奴は砦の出口へ向かっているぞ! 追えーっ!」
兵たちは、それでもアインツを逃がすまいと、猛然と追いかける。
だが、一度着地したアインツにすれば、高速で走りなおすことは難しいことではなかった。
瞬く間に、兵たちとの距離が広がる。
西の砦の出口の門は、人々の往来があったため、開けたままになっていた。
砦の兵も、橋の門が通過されるとは思ってもみなかっただろう。
(助かった。門が開いているならこちらのものだ。
落ち度とは言えない程度のことだが、開けたままだったのは失態だったな)
アインツは、猛烈な速度で門を抜けると、そのまま砦から離れていく。
「くそっ、いったい奴は何だったんだ……!」
東の砦の牢獄は破壊されたものの、その他の設備には、被害らしい被害が出ていなかった。
「白銀の守護者、アインツ。正面から戦ったら、この砦なぞ一瞬で木っ端微塵にしてしまいそうな力を持っていたな」
砦から離れ、豆粒ほどの大きさに見えるアインツを、砦の審査官はそう評した。
「ああいった連中は、敵にしたくないものだ」
「ああ、アインツさん!」
砦から2時間ほど歩いたところで、アインツは先行していたヴィルヘンドルたちに追いついた。
「殿下と姫殿下は?」
「あちらで休憩を取っているっスよ」
視線を移すと、天幕から外の様子を見ようとして出てきたカナーティアと目が合った。
「姫殿下、ご無事で何よりです」
「アインツ様、どうにか無事、抜けられましたのね」
「少し牢屋を壊してしまいましたが、他は破壊せずに済みました。一応は、今まで通りであれば、砦も機能できるでしょう」
「それはよかったです。本当の敵と対峙した時、あの橋があるのとないのとでは、大きな差が生まれるでしょうからね。
もっとも、ここが戦場の重要な役割を果たすのであれば、ですが」
「なにはともあれ、合流できてよかったっスよ。まぁ、念話ができていたので、特に不安はなかったっスけどね」
「それより、殿下に一言お伝えしないと」
カナーティアに続いて、ヴィルヘンドルが天幕から出てきた。
「殿下、あの折は、申し訳ないことを致しました。さぞや痛かったことでしょう」
「いや、元々計画通り。結果としては、全員無事に突破できたわけだ。
そうだろう、バルーガ」
奥の農民のたまり場から、バルーガが出てきた。
「こちらはマイキーさんの手引きもあって、無事通過できましたが、それもアインツ様が目立ってくださったおかげです」
「皆さん、迫真の演技でしたからね」
「本当ですよ! アインツ様ににらまれた時、殺されるのではないかと、内心ひやひや致しましたよ」
バルーガが、アインツとのやり取りをしていた時のことを話し出すと、周囲の農民からは、笑い声が起こった。
「よし、荷物をまとめたら出立しますよ。まだまだ先は長いのですからね」
今一度アインツは気合を入れ直させ、皆を鼓舞する。
アインツたち一行は、街道を目指して、一路西へ歩き出す。




