10王 募集兵
スリード王国、王都ケイティパレス。
国王、クリング三世を捕らえたルシェンドラは、国王の代理として宰相になり、国政の全権を掌握する。
「宰相閣下、こちらにいらっしゃいましたか」
マーハラーンが、王宮の一室、国王の執務室でルシェンドラを見つけた。
「どうした、ジイ」
「もうその呼び方はおやめくだされ。他の者に、示しが付きませぬ」
「オレらだけのときはいいだろう。それよりなんだ、血相を変えて」
「これを」
マーハラーンは、一枚の巻き物をルシェンドラに手渡す。
「叔父上が認めたか?」
ルシェンドラが巻き物を開くと、長い文章に、国王のサインが記されていた。
「いえ、王位継承のご承認は、戴けませんでした」
「だが、これは叔父上の筆跡……、偽造か?」
「はい。そのようで」
「オレはこのようなことを指示した覚えは無いが、どこで手に入れた」
「元老院の執務室でございます」
「なるほど、あのしなびた権力の亡者ども。叔父上から養分を吸い取れないと判ると、次の寄生木にこのオレを選んだか」
「王位継承を我が手柄として、宰相閣下にすり寄るつもりだったのでございましょう」
「国の衰退ではなく、おのれの財布の中身が心配なのであろうよ。浅薄な者どもめ」
ルシェンドラの瞳に炎が宿るがごとく、激しいきらめきを帯びる。
「されば、いかがなさいます」
「まがりなりにもオレを頼ろうとしている者たちだ。主だった者は、丁重にお連れしろ。オレが直接、話を聞こう」
「かしこまりました。では、早速に」
マーハラーンがルシェンドラの執務室を退去すると、入れ替わりにビロードのマントに身を包んだ、妙齢の女性が入ってきた。
「閣下、失礼するわね」
「ラフレシアか。王立魔術学園への依頼が届いたようだな」
ラフレシアと呼ばれた女性は、流れるような赤髪をかきあげ、執務室にある要人用の椅子に腰を下ろす。
すらりと伸びた肢体に、官能的なプロポーションを備えた彼女は、胸元から取り出した紙を広げ、ルシェンドラに見せる。
美しく整った顔が怒りに歪み、ルシェンドラをにらみつける。
肝の小さい者であれば、そのひとにらみで魂が押し潰され、こと切れるのではないかと思われるほどの圧力であった。
「そう怒るな。王立魔術学園が有用であるからこそ、学長であるおまえに話をしたのだ」
「これで満足なんでしょうね。うちの生徒たちに、危害を加えたら承知しないわ」
「もとより、国民を守ることがオレの至上命題だ。逆らう者は容赦しないが、従う者には寛大だぞ」
舌打ちをしつつも、袖机に紙を置いたラフレシアは、椅子に深く腰掛け、脚を組む。
「こんなことが、現実可能だと思っているのかしら」
「思っているからこそ、学園へ依頼をかけたのだ」
「確かに、王立魔術学園では死者の研究もしているわ。
だからといって、死者を使役するために、生者の命を失うことはさせない。
それに」
深く息を吸い込むと、ラフレシアはルシェンドラを正面から見据える。
「生徒をただの魔力供給源としか考えていない、あなたの考え方は、受け入れられないことは承知しておいてね。
ただ、学園も王国に所属する組織。
宰相閣下のお申し出は、出来うる範囲という条件付きで、行うようにいたしますわ」
「初めはそれだけでよい。無理のないところでやってくれ」
「それでは、使役の杖はこちらで預からせてもらうけど、いいのよね」
ルシェンドラは、首を縦に振る。
「いいわ。戻ってこなくてもいいという覚悟があるのなら、話を進めるわ」
「それでいい。どちらにせよ、あれ1本だけでは、オレの構想は形にならんのでな」
「そういう潔いところは、嫌いじゃないわよ、ぼうや」
どう見てもルシェンドラと同い年か、それよりも若く見えるラフレシアだったが、ルシェンドラが幼い頃から、王立魔術学園の学長をしていたおり、その頃も今と同じ容姿であった。
(それどころか、今の方が、当時より美貌に磨きがかかっているようにも見えるが。オレの気のせい、なのか)
「じゃあ、あのリビングデッドは、全部王都の外の空き地に穴を掘って、そこに埋めておくわよ。
街中で制御できていない個体を置いておくわけにはいかないから」
「判った。そこは好きにしてくれていい」
「ああいうの、私は嫌いなんだけどね」
ラフレシアはそう呟くと、席を立ち、部屋を出て行こうとする。
「ラフレシア」
「なによ」
「国民のためだ。納得はしてくれなくていい。だが、理解してくれると助かる」
呼び止められたラフレシアは、険の取れた顔でルシェンドラを見ると、鼻で笑う。
「もしかしたら、あなたは今までにない形の王になるかもしれないわね」
そう言うと、あとは後ろを振り返ることなく、部屋を出て行った。
王宮前の広場に、看板が建てられると、すぐさま人だかりができる。
「なぁ、これ、何が書いてあるんだい?」
農民らしい男が、商人のような身なりをした男に尋ねた。
「そうだな、難しいことがいっぱい書いてあるが、簡単にするとだな、人々の生活は、今まで通りだ、ということが書かれてあるな」
「そうなのか、今まで通りなら、助かるなぁ」
「その上で、だ。兵役の募集がかけられている」
「へいえきの、ぼしゅう?」
「ああ、そうだな、兵隊にならないか、というお誘いだ」
「オラたち、戦になれば、戦いにも行くぞ? それとへいえきってえのは違うのかい?」
「兵隊という仕事になるんだ。日頃から訓練して、戦い方を学んで、戦になれば戦場を駆ける。
騎士みたいなものだろうな」
「へえ、オラでも兵隊になれば、騎士様みたいになれるっちゅうことか。そりゃあすげえなぁ」
「興味があったら、訓練場で説明があるそうだから、行ってみたらどうだい?」
「そか、そりゃあいい話だ、教えてくれてありがとうな、商売人の方」
兵舎脇の訓練場には、看板を見た者、噂を聞いた者が集まっていた。
「よし、今日3回目の説明会には、これだけの人数が集まったな」
教官らしき男が、壇上から集まった者たちを見る。
「これより、募集兵の説明を行う。注目して聞くように!」
教官が、民衆に、募集に関する説明を行う。
「なぁ、結局、オレたちゃなにしりゃいいんだ?」
「なんだ、おまえ説明聞いたなかったのかよ」
「給金が支払われる、っていうとこはちゃんと聞いてたさ」
「まぁそこは大事だがよ。簡単に言うと、国の兵隊になるってことだ。
飯も作らないし、物も売らない。戦には行くが、それだけじゃない。災害とかで困っている地域があれば、その手伝いもする」
「なんだ、何でも屋みたいなものか」
「そうだな。戦えるための訓練もするし、実際に戦にも出る。命懸けでな」
「毎日食うや食わずの生活を送ってたんだ。それに比べれば、おまんまにありつけるだけでもありがてえよ」
「違いない。オレも似たようなもんだからな」
なりたての兵士たちは、辛かった自分たちの境遇を、笑うことで慰めようとしていた。
「兵の集まり具合はどうか」
マーハラーンが訓練所で、新兵の様子を見る。
「確かに、食い扶持目当てで来る奴が多いですが、おおむね順調です。
傭兵経験者は、やはり戦い慣れしている面がありますね。農民上がりの兵は、命令に従うので、扱いやすい面はあります」
「そうか。うまくそれらの利点が重なり合えるとよいのだがな」
「そうですね。そこは私ら教官職にある者の務めでありましょう」
「頼りにしておるぞ」
「はっ」
マーハラーンは、ランニングや武器を扱う訓練を行っている部隊の脇を通り、王宮に戻る。
「練度も、上げねばなるまいな」
「宰相閣下、いらしていたので?」
「訓練所はうまく行きそうか」
ルシェンドラは、視察に訪れていたマーハラーンの隣を歩く。
すれ違う兵で、ルシェンドラに気がついた者は、敬礼してルシェンドラを見送る。
「逸材は見つかりませんが、そう時間もかからずに、集団として使えるようにはなるでしょうな」
「なるほど、それは楽しみだ。やはりリビングデッドでは、戦闘時に扱いにくいからな」
「そのリビングデッドどもは、いかがなされましたか」
「ああ。あれは、王立魔術学園に受けてもらった。使い方についても、考えてくれよう」
「左様でしたか。軍を維持できるのも、食料あってのものですからな」
「そうだ。あの計画のためにも、アンデッドをもっと使わなければな」
ルシェンドラが、真剣なまなざしで王宮の方角を見やる。
(アンデッド、か)




