65騎 橋の砦
砦の中の、広場に設けられた木の杭で囲われた一画に、ヴィルヘンドルたちは押し込められていた。
審査をする間の、待ち合い場所といえば聞こえはいいが、実際は容疑者を留置するものだった。
完全にヴィルヘンドルが指名手配の者ではないと騙しきれていないせいなのか、騒ぎを起こしたこともあって、このような扱いになっている。
広場に杭だけのため、日陰を作るものも無く、晴れた日差しが眩しい。
一団の中にはアインツの姿がなかった。
アインツは、バルーガが白銀の守護者であることを暴露したため、牢獄となる別室へ連れて行かれたのだと、番兵から聞いた。
柵の中からは、審査の様子が見え、手形を持っている商人や、難民と見える者たちは、橋へ続く門から出て行っているのが判る。
柵の中に入っている者たちは、農民の一団以外にもおり、それら普通の通行人とは明らかに異なるいでたちの者ばかりであった。
「おまえたちも、審査中か?」
頬に傷のある男が、バルーガに聞いてきた。
「ああ、今のところ、そういうことなんだがね」
「ここは大公領の要衝だ。少しでも怪しいと思われたら、追い返されるかここで何日も待たされるかだ」
「そ、そうなのか?」
「それか、お尋ね者だとしたら、ほれ」
傷の男が、広場とは別の方向を顎で指し示す。
そこには、木で作られた舞台と、そこへ続く階段があった。
その舞台と周辺は、黒い染みのようなものがこびりついていた。
「あれは?」
「処刑台だよ。罪人は、ここで見つかったが最後、あそこで首を斬られるんだよ」
「とすると、あの黒い染みは……」
「罪人の血、さ」
男は傷のある顔を歪めて、ニヤリと笑う。
その話を耳にし、手配書に名を書かれている兄を気にしたカナーティアが、横になっているヴィルヘンドルに寄り添い、その髪を撫でる。
「お兄様、具合はいかがですか」
ヴィルヘンドルの傷は酷いものではなかったが、頭部の出血というのは、派手に見えるものだ。
この柵に入れられた後、番兵に見つからないように、ヒーリングポーションを口にしていたため、傷自体は既に回復している。
だが、怪しまれないように、血痕はそのままの状態にとどめており、布を巻いて止血をしている風を装っていた。
カナーティアも、それを承知の上で、演技としてヴィルヘンドルを介護するようなそぶりを見せる。
「どうやら、この様子だと、ここにいたところで、安心はできそうにないな。
いつ出られるかも判らぬし、オレもおまえも、指名手配されていることを気付かれれば、ただでは済むまい」
横になったまま、ヴィルヘンドルはカナーティアとバルーガに話をする。
「おまえたち、静かにしろ。審査結果が出たぞ」
柵の向こうから、砦の兵がバルーガに話しかける。
「で、どうでしょうか。オレたちは、メイベの村に行ってもいいんでしょうかい?」
「ああ、許可が出た。これがその手形だ」
兵は、バルーガたちに判るように、少し声を張り上げて説明する。
手形には、この砦の通行許可と、スリード王国内の移動許可が記載されていた。
「代表の者は、おまえでよいのだな」
「は、はい。私が」
バルーガは、差し出された手形を受け取り、身支度を始めるよう他の者に伝える。
「そこの男の様子はどうだ? さっきはこっぴどくやられていたようだが」
「はぁ、あの野郎、思いっきりぶん殴りやがって、ちょいと出血は酷いんですが、でもなんとか持ち直したみたいで。歩く分には、なんとか」
「そうか。判った。支度を済ませたらここから出してやる。終わったら声をかけろ」
「は、はい。ありがとうございます」
一団の連中は、元々いつでも出立できるよう、準備は済ませていた。
もとより、ここで荷ほどきをするつもりもなかったためである。
「よし、柵の扉を開けるから、少し下がっていろ」
兵が扉に手をかけ、鍵を外すと、扉を開けてバルーガたちに出るよう指図する。
「はい、ありがとうございます、ありがとうございます。よし、みんな行くぞ」
明るい笑顔が一団に広がり、扉から続々と外へ出る。
「橋を渡って、向こうの門まで案内しよう。ついてこい」
砦の兵が先導し、その後に農民たちの一団がついていく。
ヴィルヘンドルは、フードを目深にかぶったまま、カナーティアの肩に掴まり、一団と共に進む。
「おい、おまえたち、審査の結果は出たのか?」
他の番兵がバルーガたちの姿を見て、近寄ってくる。
「ああ。手形も発行されたのでな、こいつらはこの先の村に行くというので、橋を渡らせてやるところだ」
砦の兵は、同僚に状況を説明する。
「そうか。あの白銀の男は、なかなかの悪党だったらしいからな。おまえたちも災難だったな」
「は、はぁ。まったくです。審査官の方には、理解してもらって、あの悪党からも解放してもらえたので、とてもありがたかったですよ」
バルーガはそう返事をして、橋を進んでいく。
竜の爪痕と呼ばれる大地溝帯にかかる橋は、荷馬車でも難なく通れるように、木造ながら、幅広で頑丈な造りになっていた。
バルーガたち一団が渡っているところでも、数人の往来があり、商人や農民などとすれ違うこともあった。
「長い橋ですねぇ」
「そうだな。あと少しだ」
砦の兵の目が、少し緊張をはらんだものになる。
バルーガたちが橋を渡り切り、西側の門に到着する。
こちらでも、審査をする館が設けられており、東側と同様に、入退出の審査を行っていた。
「手形を」
砦の兵が、バルーガに手形の提出を求める。
「あちらのお役人様にお見せすればよいので?」
「そうだ」
バルーガは、言われるがまま、手形を門兵の手に渡す。
門兵は、バルーガたちの発行されたばかりの手形を見て、書類に何やら書いたり、印を押したりする。
「よし、通ってよいぞ」
門兵が手形をバルーガに渡し、門の閂を外すと、重々しい音を立てながら、砦の門が開く。
「じゃあ、オレも外の見回りがあるのでな、そこまで一緒に行こう」
砦の兵が、バルーガと共に門をくぐる。
「いろいろとお世話になりました」
「いやなに、これも仕事だよ。もう少し先まで案内しよう」
門兵に聞こえていることも気に止めない様子で、世間話をしつつ、一団は砦の西門から離れていく。
地溝帯を過ぎた土地は、それまでと同様、荒れ地が続いていたが、ところどころ草木も見えるようになった。
そのまま西へ向かえば、スリード王国の西の街道に出ることになる。
位置としては、街道を少し南に進めば、王国最西の砦、グレン砦へ着ける。
バルーガたち一団は、一路街道を目指して西進する。
アインツは、砦の牢獄で部屋の様子を調べる。
(明り取りの穴から、この壁の厚さは30センチ程度。
鉄格子は天井から床まで、はめ込みで付けられているか)
『アインツさん、アインツさん』
アインツの頭の中に、マイキーの声が響く。
囁きの魔神、ウィスパーの遠話能力である。
マイキーが使役する囁きの魔神は、思考を伝えたい相手につなげ、言葉にしなくとも会話ができる能力であり、一度ウィスパーが認識した相手であれば、距離に関係なく使えるものである。
そのため、ウィスパーが把握していない人物に対しては、この能力は効果を発揮しない。
白銀の村にいる者と念話をするには、一度ウィスパーに情報を登録する必要があった。
『アインツさん、オレっちたちは、橋を渡って西の砦から脱出したっス』
(よく抜けられましたね。殿下たちは大丈夫ですか)
『ええ、アインツさんにやられた傷も、ヒーリングポーションで回復済みっス。迫真の演技だったっスよ』
(殿下には悪いことをしましたね)
『しゃーないっスよ。あとで酒でもおごってやってくれたらいいんじゃないっスかね』
(それで、どうやって脱出したのですか)
『オレっちが砦の兵の装備と手形を、ちょっと倉庫から借りて、あとはなりすましっス』
(なるほどね。兵士に化けて、堂々と門から出たということですか)
『そうっス。いや~、いつバレるかと、ひやひやもんだったっスよ』
(その割には、声が楽しそうですけどね)
マイキーからの情報を受けて、アインツは素手のまま、部屋の壁に向かって構えた。
(では、こちらもそろそろお暇しましょうかね)
アインツの右手に、それまで影も形もなかったランスが握られていた。
「ストーリア」
『はい、主殿』
「ここは窮屈だから外に出たい。手伝ってくれ」
『御心のままに』
【ストームランス】に青い渦巻きが発生する。
渦巻きは、ランスを中心にして展開し、さながら竜巻のような姿にも見える。
「波っ!」
アインツが気合を入れると、右手のランスを壁に向かって突く。
大爆音と共に、牢獄の壁が吹き飛び、それまで壁だったレンガは、破片となって辺りに散らばった。
音を聞きつけて駆け寄ってきた砦の兵たちがだったが、いったい何が起きたのか、まったく理解できない様子だった。
「どうした! なにかの爆発か!」
審査官たちも、一部を破壊された建物を見て、状況の把握に努めようとする。
もうもうと漂う煙が収まる頃には、牢獄の中にアインツの姿はなかった。




