64騎 審査
みすぼらしい者の一団が、砦の中の広場へ通される。
広場の脇には大きな建物があり、その一室の一面が、そのまま広場へ続いている。
あちらこちらに、槍を持った兵士が立っており、一団へ厳しい視線を送っている。
部屋は建物の土台の分だけ広場より高い位置にあり、椅子に座っている審査官が、広場の一団を見下ろしていた。
「おまえたちは、オウリスの近くの村から、戦禍を被って避難してきた。それに相違ないな?」
集団のまとめ役だろうか、1人の男が建物の男に向かって一歩進み出る。
「へぇ、オウリスの近く、スクイレルから逃げてきやした。
この間の大戦で、家も畑も、みんな焼かれちまって、へぇ。
これから、西にあるメイベの村の親類を頼ろうとしているところでして」
「ほほう、されば、手形なども持ってはおらぬ、か」
「へぇ、その通りでやす。別に、食いもんさえありゃぁ、ここでご厄介になりてぇくらいでやすが、そこまでご迷惑はかけらんねえんで、へぇ。
メイベの村まで、いきてえと思いやす」
審査官は、男とその一団をまじまじと見据える。
「なるほどなぁ。おまえたちも、この間の戦には苦労しただろうが、これも大公殿下、そして、新王となられるルシェンドラ様の勝利のためだ。
そのまま土地におれば、お慈悲もあったろうに」
「いんやぁ、おいらたちにゃ、難しいことは判らんで。あいすいやせん」
「まぁよいわ。おまえたちのような連中は、ここのところ何人も来ておるからな。当てがあるなら通してやっても構わんが」
審査官の言葉に、男は垢じみた顔をくしゃくしゃにして白い歯をこぼす。
「そいつぁありがてえこって」
「よし、衛兵たちよ」
審査官が砦の兵たちに指示を送る。
「この者たちを、ひっ捕らえよ!」
砦の兵たちが、一斉に槍を一団に向けると、包囲の輪を狭めてくる。
「な、どうして!」
審査官は部屋から出て、広場まで降りてくる。
「それはな、おまえの歯だよ」
「歯?」
「身なりはみすぼらしいし、手も顔も垢じみて汚れている。
だが、その白く汚れていない歯は、それなりに手入れをする余裕がある者の証だ」
男は慌てて手で口を押えるが、もはやその動きは意味をなさなかった。
男が後ろを振り返ると、確かにほとんどの者の歯は、黒く汚れていたり、穴があいていたりした。
中には欠けてしまっている者もいる。
「それに、後ろの明るい髪の男。おまえ、王都から逃げてきた王家の者ではないか?」
明るい髪の男は、フードを目深にかぶり、審査官と目を合わせないようにうつむく。
「おまえ、フードを取れ! 取ってこちらにその顔を見せろ!」
審査官が明るい髪の男に近寄って掴みかかろうとした時だった。
「このバカ者がっ!」
初めに一団を代表していた男が、明るい髪の男を殴りつけた。
「てめぇがお役人様に向かって、その目つきの悪い顔で見やがったから、こっちが変な疑いをかけられっちまったじゃねぇか!」
男は激昂した声で、明るい髪の男を罵り、暴力を加える。
(この明るい髪の男は、指名手配にあった第四王子、ヴィルヘンドルではないのか)
明るい髪の男は、割れた額から出る血で、髪も顔も赤く染まり、広場へ突っ伏している。
追い打ちをかけるように、代表の男がこれでもかと殴り、蹴り上げると、血で赤く染まった男がうめき声を上げてその顔を歪める。
広場には、男の血が飛び散り、一団の女たちが悲鳴を上げる。
「なんだぁ、てめぇのそのツラぁ! てめぇは村で買った奴隷だぞ、それをわきまえれや!」
男はさらに蹴りを入れると、唾を吐きかけた。
「お役人様、こいつぁ村の奴隷でやす。
普段から、オレぁ王子様にそっくりだぁ、なんてバカなことを言う奴でやんして、お気にさわりやしたら、こいつぁここに置いてきやすんで、あとの者ぁお許し願えんでしょうかい」
息を切らせながら、代表の男が審査官に懇願する。
(たとえ演技だとしても、王族相手にここまでの暴力を振るえるものなのか?)
息も絶え絶えな血まみれの男を見て、審査官が思考を巡らせる。
(どちらにせよ、こやつだけでも残させればよいか)
「よし、判った。その男だけ置いてゆけ。そやつはこちらで預かろう」
「ほ、本当でやすか。そりゃありがてえ。ほれ、これからはお役人様がてめぇのご主人様だ、わかったか!」
代表の男は、倒れている血まみれの男に向かって、声を荒らげる。
血まみれの男は、すすり泣きながら、哀れそうな目で審査官を見上げる。
「あと、気になることがあってな。おまえも残れ。少し話が聞きたい」
「え、あっしでやすか!?」
男は、戸惑いの顔を審査官に向ける。
広場は、一瞬沈黙に包まれた。
「ああっ、もう我慢なんねぇ!」
一段の中から、がさつな声が聞こえ、一同がその声の主に注目した。
「お役人様、その男は、公爵様に反抗した、白銀の者。アインツという奴です!」
アインツと呼ばれた男は、叫んでいる男をにらむ。
「バルーガさん! 待ってください、いったい何を言い出すのかと思えば!」
代表の男の口調が、先程までとは全く変わったものになり、砦の兵たちが狼狽する。
「オレたちは、このアインツに騙されて、こんなところまで連れてこられたんです! オレたちが落ち武者狩りだったのはそうですが、こいつがいなければ、戦にならかかったかもしれねぇ。村も焼かれずに済んだかもしれねぇ!」
「バルーガさん、少し黙りなさい!」
「いいや、黙らねぇ! オレたちはこんなところで、公爵様の敵と一緒にはいたくねぇ! おまえみたいな疫病神とは、とっととおさらばしたいって思ってんだよ! オレたちだけなら、何も問題なくメイベの村まで行けたってんだ! おまえがいなけりゃな!」
「確かに、手配書には、白銀の守護者の頭目として、アインツという奴がいるとある。
なるほど、人相風体は手配書に書かれている通りと言っていいだろうな」
審査官が、代表の男、アインツに目を向ける。
「アインツとやら。おまえには特別な部屋をあてがってやる。その他の者は、あちらの柵の中へ入っておれ」
アインツは、砦の兵たちに槍を突きつけられ、建物の一室へ連れて行かれる。
「くそっ、バルーガ! この裏切り者めぇっ!」
アインツは、別室に連れて行かれてもなお、声を張り上げてバルーガへの呪詛をやめようとしなかった。
他の者たちは、広場の脇に設置されていた、木の柵で囲われている場所へ押し込められる。
その柵の中には、調査待ちの者が一斉に放り込まれているようで、目つきの悪い男や、旅芸人風の一団が、事の成り行きを見守っていた。
「その男の怪我を手当てしてやるのだな」
審査官は、バルーガにそう伝え、自身はアインツの入った建物の中へ消えていった。
アインツは別室へ入れられていた。
部屋は、3面が石壁でできており、残りの1面は鍵のかかった鉄格子がはまっている。
鉄格子の向かいにある壁には、明り取りの穴が設けられているが、頭一つ入るかどうかという程度の大きさであり、人ひとりが抜け出すことはできない。
天井はアインツの身長の2倍程度はあるだろうか。それなりの高さがある。
部屋の中は殺風景で、隅に用を足すための溝があるだけであった。
(これでは牢獄だな)
手持ち無沙汰で部屋の中をうろうろとしていたアインツの耳に、廊下を歩いてくる足音が聞こえた。
「白銀の守護者、アインツか」
手配書を手にしながら、審査官が鉄格子越しに、アインツの顔をなめるようにして見る。
「罪状は、ルシェンドラ様への反抗と、軍をもって敵対したこと、か。
それにこの顔に背格好。ふむ、間違いなかろう」
審査官は、鉄格子を挟んでアインツと対峙する。
「よし、これはルシェンドラ様へのいい土産ができた」
これからの自分の待遇を思い描くと、押しとどめていても、自然と笑いがこみあげてくるのであった。
「おまえはかなりルシェンドラ様の気分を害したようだな。
おまえの首を献上すれば、オレも莫大な報酬をいただいたうえ、貴族の末席にお加えいただけるだろうさ」
いやらしい笑い声をあげ、審査官が牢獄から離れていく。
アインツは、遠ざかる足音を聞くではなく鉄格子に寄りかかると、静かに目を閉じた。




