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63騎 大地の裂け目

 アインツ一行は、西の白銀の村を目指し、人目に付かないように荒れた土地を進んでいく。

 

 街道や町に行けば、それだけ人と接触することが多くなり、必然的にアインツたちの存在を、敵対する者たちに知らしめるようなものだからだ。

 

 荒野を進みながら、バルーガがアインツに近寄る。

「アインツ様。少し、食料の残りに不安がありまして、アインツ様の村までは、あとどれくらいかかりますでしょうか」

「バルーガさん、今の進み具合ですと、おおよそ10日は見てもらった方がいいと思います。

 ただ、食料の残りを考えても、野山で獲物を捕らえるにも限度がありますし、村の作物を盗む訳にもいかないでしょうから、どこか人の住むところで、売ってもらうしかないかもしれません」

「戦場の装備品を食料に換えられたらいいんですけど……」

 バルーガは、自分の鹵獲ろかく品で、今着ているプレートメイルを、軽く拳で叩く。

 

「どうでしょうね。武器防具の類いは、物々交換でも需要は見込めないでしょうし、売るとなっても、大都市に行かないと、そもそも買い手がいないでしょうからね」

「難しいでしょうかいねぇ」

「それに、その装備。早く手放した方が、歩く負担も軽減されると思うのですがね」

「で、でも、そしたら、なんも無くなっちまいますよ……」

「食料はあとどれくらいはもちそうなのだ?」

 ヴィルヘンドルが自分の荷物を確認しながら、会話に加わる。

 

 農民のまとめ役として、バルーガは彼なりに状況を把握し、考えているようであった。

「配る分を少なくして、かなり頑張っても、もって3日といったところでしょうかね」

 

「それでは村までは届かないか。こうなると、金策はともかく、少しでも食料を確保しないことにはな」

 そう言ったヴィルヘンドルではあるが、具体的な打開策は無く、アインツに期待の眼差しを向ける。

 しかし、アインツもこれには明確な答えを持ち合わせてはおらず、ただ肩をすくめるばかりであった。


「このあたりの村であれば、あまり戦の話は広まっていないと思うので、食べ物も少しは用立ててはくれるかもしれませんが。

 それでも、お尋ね者として指名手配されていたら、それもできないかもしれません」

「オレっちなんて、指名手配になったら、すぐメンが割れそうっスよ~」

「そうですわね、マイキーさん程の美男子、そうそういたものじゃありませんものね」

「おっ、お姫さんは、オレっちの素晴らしさを解ってるっスね~」

「いえ、そのおしゃべりがなかったら、という条件付きですけどね」

「あちゃ~、って、アインツさん、そこ、笑うとこじゃないっスよ!」

 苦しそうに口を押えてアインツがこらえるが、肩の震えは止められなかった。

 それにつられて、カナーティアとマイキーも笑い声を上げる。


 それは、王都ケイティパレスを出てから、久しぶりの笑いだったかもしれない。

 

「お楽しみのところ悪いが、お散歩はここまでだな。

 そろそろエルフェス大公領に入る。ルシェンドラの息がかかった領地だ。気を抜くなよ」

 ヴィルヘンドルが注意を促すと、一同に緊張が走る。


「エルフェス大公といえば、国王クリング三世の実の弟であり、ルシェンドラの養父でもある、王国の実力者だ」

「先の戦いでも、軍勢を出したほどですから、国王派とは敵対しているところの領地ですね」

 ヴィルヘンドルは、こわばった表情で、アインツの言葉を肯定する。

 

「確かに、ぽつりぽつりと建物が見えます。村、という程ではないでしょうけど、この人数では目立ちますね」

「迂回していくわけにもいきませんでしょう?」

「ええ、身なりのみすぼらしさなら、もう十分でしょうから、殿下と姫殿下は、お顔だけ隠れるようにしていてください」


 ヴィルヘンドルは、自分の服やマントを見て、汚れやかぎ裂きだらけであることや、手や顔も垢や埃で薄汚れていることを、再認識せざるを得なかった。

「ほ、ほほう。オレの高貴さも、この格好では輝かぬわ。念のため、顔を隠す理由を聞いておこうか」

「殿下、あなたは王都から脱出した、国王陛下のご子息です。姫殿下も、侯爵家の娘として顔が知られていると見てよいでしょう。

 手配書が出回っていたとしたら、お2人のことは必ずといっていいほど書かれています。

 それに、身分としては、王位継承者と侯爵令嬢です。その顔を知っている人は、少なくないでしょう」

「そうか。自分で気を抜くなと言っておきながら、配慮が足りなかったな。礼を言うぞ、アインツ殿」


「殿下もイケメンっスからね~。顔を隠しちゃうのは、女性陣にとっての損失っスよ」

「ふふっ、マイキーさんは、お上手ね」

 ヴィルヘンドルとカナーティアは、フードや布で顔を隠し、一目でその人と判らないようにする。

 その上で、顔に土や泥を塗る念の入れようである。

 

「ひとまず、誰か土地の人を見かけたら、食べ物の無心をしてみます」

 そう言いながらも辺りを見回すアインツだが、人の気配はなかなか感じられなかった。

 

 

「これは、少々思っていたところと違いましたね……」

 マイキーの遠景視覚で知らされてはいたが、アインツ自身が視認すると、その規模に開いた口が塞がらなかった。

 

 目の前には、延々と続く大地の裂け目。

 それがアインツたちの行く手を遮っていた。

 西に向かうアインツたちにとって、この南北に裂けた大地は、どのような弊害よりも大きなものとして立ちふさがっていた。

 

 地溝帯となっているそれは、地元では竜の爪痕とも呼ばれるもので、アインツたちは地図や噂話では聞いていたものの、実際に見たことはなかった。

 

 アビスクロニクルでは、エレベーターや転送装置など使い、疑似的に様々な土地へ移動することができたが、地下世界アンダーの地理を網羅しているわけではなく、移動に数日かかるようなところへは、プレイ中に行くことはできなかったのである。

 

「こうやって何日も歩いていると、今まで見たことのないマップへ行けるので、それ自体は楽しいのですが……」

「うわぁ、この崖、下が暗くて何も見えないっスよ~」

「この地割れを越えることは難しいか」

 皆が思い思いに口にする。

 

「マイキー、左右に橋かなにかありませんか」

「それがっスね、北側に、建物があるっス。でも、警備も物々しいっスよ。

 でも、あちら側まで橋が掛けられているっス」

「食料の残りからも、そこしか道はない、か」

 アインツは、意を決してその建物へ向かう。

 

 建物は、木造ではあったが、砦としての機能を果たしているようであった。

 

 外側には、モンスターや騎馬の突撃を防ぐための杭が、尖った方を外側に向けて並べられていた。

 櫓からは、あからさまに弓を持った兵が下をうかがっている。

 

「既に見張りには発見されているでしょう。皆さん、私たちは難民です。住む土地を戦で焼かれ、這う這うの体で逃げてきたのです。よろしいですね」

 皆は、アインツの言葉に首を縦に振る。

 

「それでは行きましょうか」

 アインツたちが、うなだれたままの格好で、砦へ向かう。

 

 

「おい、おまえたち、そこで止まれ!」

 番兵が、みすぼらしい集団へ威圧的に声をかける。

 

「おまえたち何者だ。ここへ何しに来た」

 

 のろのろと、男が進み出る。

「へぇ、わたしらは、この先の、ずっと先のオウリスの近くの村から来やした者で、へぇ」

「農民風情がなんとした」

「それが、こないだの大戦おおいくさで、村も畑も焼かれちまって、どうにかこうにか、逃げてきたんでやす」

「ここはエルフェス大公領だ。オウリスの者は、元のところへ戻れ戻れ」

 番兵は、犬でも追い払うかのように手をヒラヒラとさせる。

 

「はぁ、そう言われましても、もう食うもんもなくなりやして、へぇ」

「それは気の毒だが、こちらも慈善事業ではないのでな。他に何か当てはないのか」

「それが、村長の親類が、この先の村にいるちゅうことでやして、ひとまずそこいらで落ち着こうかと」

「ほう、その先の村というと、メイベの村か?」

「はいはい、そのメイベのお役人が親類でして」

 男は、なにやら懐から取り出すと、番兵の手を包みこむようにして渡すと、番兵の目が、手の中の物を確認する。

 

「よし、メイベの村へ行くというのであれば、一通り検査をして、問題なければ行ってよいぞ。

 砦の中の、検査官のところへ行くんだな」

 そう言うと、番兵は門を通してくれる。

 

 男の後を、薄汚れた、みすぼらしい集団が続く。

 

「おい、そこの女!」

 番兵が、1人の女を呼び止める。

 赤ん坊を抱いた女は肩をびくつかせ、恐る恐る番兵の方に振り向く。


「へ、へぇ、なんでしょう」

「これを持っていけ」

 番兵が、木の板を女に渡そうとする。

 

「赤子を連れての旅は厳しかろう。

 中に休憩どころがある。

 これを持ってそこの番兵に声をかければ、野菜汁くらいは用意してくれるぞ」


 女はまじまじと番兵を見るが、意図するところを理解すると、木の板を押し頂いて頭を下げる。

「あ、ありがとうございます、ありがとうございます」

「気にするな。ほれ、さっさと行け。他の奴に見られると厄介だ」

 女は何度も番兵に礼を言い、砦の奥へと向かう。


「さてと、昼飯抜いた分、晩飯は豪勢にするかね」

 木の板は、砦で支給される食事の札であったが、それを赤ん坊を抱いた女に渡してしまったため、番兵は自分の食事を1回抜くこととなった。

 番兵は、手のひらにある2枚の銀貨を見て、夕食のメニューに思いをはせる。

「これだけあれば、うちのカカアとガキにも、うまいもんを食わせてやれるかな」

 その手を懐に入れ、番兵は何食わぬ顔で門の前に立っていた。

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