62騎 落とし物
「ど、どういうことだ、マイキー殿」
ヴィルヘンドルは、アインツとマイキーの会話を聞くともなく聞いていたが、その意味不明な内容に興味をそそられたか、不思議そうな目でマイキーを見ていた。
「遠景視覚の能力で、上空を見ていたンすけど、空に穴があいているというか、空中に建造物が浮いているというか、どう言ったら伝わるか、判らないンすけど……」
マイキーの説明も、要領を得ないしどろもどろなものになっている。
空に穴があいている。
にわかには信じられないことである。
ヴィルヘンドルは、空を見上げるが、特に変わったことはない空であった。
これから暑くなる季節の、雲が白く大きくなる様子が見える空。
どこまでも続くかに見える青い世界を、風に流され、旅しているがごとく漂う雲。
普段から見かける風景である。
「して、どこに穴があるというのだ」
目を細めて空を見るが、ヴィルヘンドルにはマイキーの言っているものが確認できない。
「空を飛ぶ鳥との距離で、おおよその場所が把握できるンすけど、1000メートルは優に超えているようなンすよ。
裸眼じゃ、無理だと思うっス」
マイキーの能力でかろうじて判別できる程度である。
「何かで届いたりする距離じゃないのか?」
「ただ真上に撃つだけであれば、弓でも届かない距離ではないと思いますが、目にも見えない小さな標的に当てるとなると、現実的ではないでしょうね」
「当たるかどうかは判らないっスけど、石飛礫を撃ってみるっス」
マイキーが石飛礫の魔神、スリンジャーを呼び出す。
「あの空にある穴のようなもの、あれを狙えるっスかね?」
『マイキー殿、我にも見えはするが、当てられるかどうかは判らぬが』
マイキーの側にある石が、二つ三つと浮き上がる。
「やっちゃってくださいっス」
『承知した』
石が一つ、真上に飛び、その姿が小さくなっていく。
虚空に消え、静寂が訪れる。
マイキーは遠景視覚の能力を使ってそれを追う。
「見えますか、マイキー」
「な、なんとか、見えるっス……」
首を目いっぱい上に向けて、マイキーが苦しそうな声で答える。
「あ、穴に、当たったっス……」
空を見上げていたマイキーが、なにやら手をバタバタし始める。
「みんな、よけ、避けるっスよー!」
マイキーが瓦礫の山から一足早く離れる。
アインツたちが空を見ると、なにやら黒い点が見えた。
「お、なんだ……」
黒い点はだんだんと大きくなり、それが瓦礫と同じような物体であることが認識できた。
「おわぁ、避けろぉっ!」
ヴィルヘンドルが瓦礫の山から転げ落ちるように逃げ出し、他の者も同様に続く。
すさまじい音と衝撃を出し、空から落ちてきた板が、瓦礫の山に突き刺さる。
もうもうと塵を巻き上げ、あたりの視界が一気に失われる。
「エアブースト!」
アインツが【ストームランス】を振り、発生させた風で塵を吹き飛ばすと、辺りの様子が判るようになる。
瓦礫の山には、金属と見える板が突き刺さっていた。
「見たところ、他の瓦礫と同じような構造みたいっスね」
戻ってきたマイキーが、板を調べ始める。
「これ、地上エレベーターの外壁みたいっスよ」
「とすると、何もない所から降ってきたのではなく、見えないくらいに遠い所に、これがあった、ということですか」
「まぁ、見えるのはオレっちだけ見たいっスからね」
「でも、これで判りました。この場所で、地上へとつながっていた、ということが。
ただ、このエレベーターの残骸が、なぜ宙に浮いていたのか、空にあったのか、ということですが」
「アインツ殿、済まんがオレにも解るように説明してくれないだろうか」
「私も、何が起きているのか、知りとうございます」
ヴィルヘンドルとカナーティアが、アインツに詰め寄ってくる。
他の者たちは、遠巻きに事の成り行きを見守っていた。
「私たちが元々いた、地上世界と呼ばれる場所と、アビスクロニクルについて、お話します」
アインツは、ヴィルヘンドルたちに、アビスクロニクルというゲームのこと、プレイヤー間で呼び合っていた大変動が起きてからのことを説明した。
「なるほど、オレたちの知らない知識や技を持っている者がいると思ってはいたが、別の国や大陸ではなく、他の世界からやってきていたということだったのか」
「ええ、そういうことです。
私も、元の世界ではただの勤め人に過ぎませんよ」
「ですが、いくら身体を鍛えていたからといって、ここまでの強さは、正直私も信じられませんわ。
どこをどうすれば、その強さが身に付くのか、教えていただきたいくらいです」
ヴィルヘンドルたちから質問攻めにあうが、アインツが理解し、説明できるところは事細かに話していた。
「そうなると、この地はまた調べなくてはならないだろうな。調査団を結成するなり、何らかの方法を検討すべきだ。
それに、空にある、その”えれべーと”だか何だかも、もう少し確認しなければならぬだろうしな」
あまりの情報量の多さに、頭の処理が追い付かないのか、ヴィルヘンドルが頭を抱えながら呟いている。
「ただ、そろそろ日も陰ってこようという頃合いです。一度ここは場を離れ、休めるところを探さないとなりませんね」
農民たちの疲れた様子と、いつ何時、空から物が落ちてくるか判らない状況では、一旦瓦礫の山から離れたところで休もうとアインツは考えていた。
「確か、この辺りだと、少し南に行ったところに、小屋があったと思います。
アビスクロニクルの舞台での話、ではありますが」
「そうっスね、教会の周りと、風景もそっくりそのままっスからね。きっと小屋もあるっスよ」
アインツたちの言葉通り、小一時間も歩くと、みすぼらしいながらも雨風を凌げる程度の小屋があった。
「納屋、みたいなものかしらね」
小屋の周りを調べながら、カナーティアが中を覗き込む。
木の板で囲われた壁の隙間から中を見るが、あまりよくは見えなかったらしく、諦めてアインツたちの元へ戻ってきた。
小屋の扉には頑丈な鍵が掛けられており、簡単には開かないようになっていた。
「ゲーム中では、扉に鍵なんてなかったンすけどね」
マイキーが鍵を揺すってみるが、当然のごとく、鍵は外れないで、鎖の音だけが辺りに聞こえた。
「どうするっス。壊しちゃうっスか?」
「そうしますか」
アインツが手にした【ストームランス】を、扉の鍵に当てる。
少し気合いを入れると、鍵が鋭利な刃物で斬られたかのようにバラバラとなり、破片が地面へ落ちた。
「よし」
慎重に扉へ手をかけると、ゆっくりと開けた。
アインツが中を見ると、そこはカナーティアが言ったような納屋のようになっており、部屋が区切られたりしていない、大きな空間が広がっていた。
「この広さなら、30人でも50人でも、休むことができそうですね」
アインツの脇から覗き込んでいたカナーティアが、にっこりとほほ笑む。
「だいぶお疲れでしたでしょう。
子供と女性陣はひとまず中央で休んでいただいて、あとは見張りを立てつつ、交代で休むようにしましょう。
中央には囲炉裏があるので、煮炊きはできると思います。
温かい汁物でも作って、食べていてください」
アインツのセリフを聞き、農民たちが安堵の吐息を漏らす。
カナーティアは食料の配布を手伝い、農民たちの間をせわしなく歩き回っている。
「教会、残念だったっスね」
「そうですね。建物が何とか残っていれば、何かアイテムでもあるかと思ったのですが。
あの瓦礫の山では、掘り起こすのも大仕事になりそうです」
「だが、ここがすぐさまどうこうするということもなかろう。ひとまず拠点となる、アインツ殿の村へ行ってから、方策を検討すべきであろうな」
「後ろ髪を引かれる思いですけどね」
「赤ちゃんも一緒なのですから、あまり無理はさせないでくださいましね」
「了解っスよ、お姫さん」
「今日は屋根と壁があるところで休めます。寝心地はあまりよくはないでしょうが、野営よりはましだと思ってもらえたらいいのですが」
「城を出た時から、王宮のベッドを望んだりはしませんわ」
「だが、オレは玉座だったら、今すぐにでも取り戻したいがね」
「あら、お兄様ったら、野心家ですこと」
ころころと笑う声が、小屋の中の雰囲気を明るいものにする。
「やっぱり、女の子は笑ってるのが可愛いっスよね」
「マイキーは、お姫様タイプが好みなんですか?」
「さぁ、どうっスかね」
「さてと、そろそろ見張りに行きましょうかね。外でヴィルヘンドル殿下がお腹を空かせて待っていますよ」
「ははっ、そうっスね」
配られた食べ物を腹に入れ、他愛もない会話で時を過ごしていると、次第に辺りが暗くなり、農民たちの中には既に寝息を立てている者も出始めた。
暖かくなってきたとはいえ、夜はまだ冷え込みが感じられる。
皆は囲炉裏の周りに、身体を寄せ合って暖を取る。
小屋の外で見張りをしていたアインツたちは、ふと空を見上げる。
「星が、綺麗っスね」
「そうですね。この星も、本物の星なのでしょうかね。
地上と地下、どのようなつながりになっているのか……」
「オレっちたち、帰れるンすかね」
「メルクリウスさんみたいに、こちらの生活を満喫するのも、いいかもしれませんよ」
「ははっ、そりゃ楽しそうっス」
夜風が、アインツの頬を撫でる。
「……さむっ」




