58騎 地下排水路
アインツは、王の依頼を受け、王都からの脱出を試みる。
護衛対象は、国王クリング三世の隠し子である、侯爵令嬢のカナーティア。
道案内となる第四王子ヴィルヘンドルも、実質護衛対象となる。
アインツたちは、必要な装備を整えると、まだ夜も明けない内に、城からの脱出を始めた。
城の中庭にある彫像の台座をヴィルヘンドルが触ると、台座の手前の芝生が割れ、地下へ続く階段が現れる。
「アインツ殿、ここから城の地下道を進み、街の排水路を通って、城壁の外の丘へ出るつもりだ」
「判りました。道案内、お願いします」
アインツたちは、ヴィルヘンドルの案内で、城の地下道を進む。
「暗いンで、たいまつを点けるっスね」
マイキーが火口箱から道具を取り出し、たいまつへ火を点ける。
マイキーの周りが、炎の光によって、明るく照らされる。
四方をレンガを敷き詰めた通路で、たいまつの炎の揺らめきから、多少の空気の流れを感じるところは、他の場所へつながっている事を意味していた。
「防衛には、甲羅の魔神、シエラのエネルギーフィールドで対処します。
ですが、高位回復術が無いので、重傷を負わないように注意しましょう。
ある程度の傷は、私とカナーティア様の神聖魔法の内、低位回復魔法で対処し、併用してポーションも使います」
アインツは、メンバーにパーティバランスの説明と、今後の戦闘方針を伝える。
前はマイキーが斥候として立ち、次に案内のヴィルヘンドルと、カナーティアが続く。
最後にアインツが後背を意識しながら、全体の守りを受け持つ。
「それにしても、まさかカナーティアが妹にあたるとはな。オレも知らなかったぜ」
「突然のことでしたので、私も殿下をどうお呼びしたらよいか。お兄様、とお呼びした方がよろしいでしょうか」
「まぁ、それも悪くはないかな。聞けば、おまえの母親は、白の大陸でもそれなりの勢力を持つ家の出だとか。
肖像画では、それはもう美しい娘だったようだしな。
今のおまえを見れば、それも判ろうというものだ」
「私も、母上のことは父上の、あ、侯爵の義父が言っていたことと、肖像画でしか知らなくて、幼い頃の記憶に、うっすらとある程度なのですが」
「そうか、それは悪いことを聞いたな」
「いえ……」
「殿下、お話し中にすみませんが、この道はどちらへ向かえばよいでしょうか」
アインツたちが立ち止まったところは、地下道の十字路であった。
「ああ、これは正面でよい。右は食糧庫、左は兵舎に続いているが、城の外へはつながっておらん」
「ほう、流石ですね。地下道はすべて覚えておいでですか」
「幼い頃から地下の地図を頭に叩き込まれていたからな。初めて通る場所でも、そのような気はしないものだ」
「そんなものっスか?」
「それはそうだ。こちらは命懸けだ。これを覚えねば、有事の際に己の命を守ることができぬ。
まぁ、今がその有事、なのだがな」
アインツたちは、ヴィルヘンドルの案内で、城の地下道を進んでいく。
いくらか進むと、レンガの壁が、石のものに変わる。
だんだんと、汚水のすえた臭いが漂い始めてきた。
「別の道につながったようですね」
「殿下、ここは下水道っスか」
「そうだ。城の排水がここを通り、地下水路となって海へ続いている。他の道もあるが、ここが一番遠くまでつながっているのだ」
「流石に、排水だけあって、臭いで鼻が曲がりそうっスよ……」
マイキーが顔をしかめる。
「よく物語じゃ、抜け道で下水道が使われるンすけど、まさかオレっちがそこを通るとは思わなかったっスよ」
「本当に、城ってこういうものがあるんですね」
「テレビ局とかは、犯罪者対策でビルの中が迷路になっている、なんて聞くンすけどね~。
王宮や議会堂が地下でつながっているっていう話なんか、映画みたいっスよね」
「えいがって、なんですの?」
「ああ、お姫さんは、映画って判らないっスよね。申し訳ないっス。
なんていうか、いろんな物語を、おっきい壁に映し出して観るものなンすけど……」
「投影魔法みたいなものでしょうか。人物や遠くの人の姿が見える……」
「そうっスね、そんな感じで、でも、それを保存できて、お話になっていて、絵本とか紙芝居の、投影魔法版、っていう感じっスかね」
「それは、観てみたいですわ。マイキー様は、そういったことにお詳しいのですね」
「いやー、それ程でもないっスよ~」
だらしなく目尻が下がるマイキーを見て、アインツは少し寂しい思いがあった。
(こんな会話をしていたら、エレーナだったらツッコミを入れていただろうなぁ)
下水道は、中央に汚水が流れ、その脇に通路のようなものが通っている。
アインツたちは、その側道を進んでいる。
「少し道が判りにくくなっている。そこは右に入れ。道を間違えぬようにな、あ、そこは左だ」
「了解っス。今のところ、ネズミらしい奴らしか見当たらないっス」
レンジャースキルの遠景視覚を発動させる。
これは、遠くのものを鮮明に見えるようにできるスキルである。
「併せて、温度感知……」
その遠景視覚に、温度感知のスキルを重ねる。
温度が高いものは、赤く、高温になるほど白く見える。
逆に、温度の低いものは、青く、低温になるほど黒く見える。
熱源となる、たいまつや人間の体温は、明るく見えるため、距離と対象を見極める役に立つ。
ヴィルヘンドルの指示に従い、通路を進んでいく。
「マイキー、異常はありませんか」
「大丈夫っスよ、アインツさん。今のところは、オレっちたち以外の熱源も……うわっ!」
マイキーが、右足を汚水の川に突っ込む。
「何やってるんだ、まったく」
ヴィルヘンドルが悪態をつくが、アインツは右手を構えると、何もない所からランスを創り出し、それを掴む。
「ストーリア、風で水路の水を吹き飛ばせ!」
『仰せのままに、主殿』
アインツが【ストームランス】を構えると、ランスに螺旋状の風の渦ができ、水路へ向けてそれを飛ばす。
汚水が弾き飛ばされ、水位が下がると、そこにはマイキーの右足を掴んでいたリビングデッドが見える。
「うひゃぁっ」
「奴ら、地下水路からも上がってきやがったか!」
ヴィルヘンドルがカナーティアをかばいつつ抜刀する。
マイキーは手にした剣で、自分の脚を掴んでいるリビングデッドの腕を切り落とす。
汚水を吹き飛ばした水路には、まだ何体もリビングデッドが歩いてきていた。
「しくった! アンデッドは体温が無いから、温度感知は効果がないっス!」
「その手で来ましたか……。ここはまず、こいつらを撃退しましょう!」
アインツは水路に降りると、リビングデッドの群れにチャージ攻撃を行う。
真空の渦に巻き込まれたリビングデッドは、なすすべもなく細切れにされていく。
「アインツ様、後ろからも!」
カナーティアが声を上げる。
「ホーリーライト!」
カナーティアは、低位の神聖魔法であれば扱うことができる。
貴族の子女として、神殿で一般教養を学ぶ際に得た技能だ。
聖なる光が水路を照らすと、リビングデッドの動きが鈍くなる。
邪悪で偽りの死者蘇生を行っているアンデッドにとって、神聖魔法は対極にある力である。
低位のものとはいえ、アンデッドの行動が制限されることに違いはなかった。
前後をリビングデッドに挟まれる形となったアインツたちは、水路の壁を背にして一カ所に集まる。
「殿下、ここから出口まではどれくらいですか」
「そうだな、今はおおよそ城壁の手前といったところだろうか。もう少しあちらの方向、恐らく東だろうが、そちらに向かえば、城壁は越えよう」
「判りました。私が道を拓きます。後をついてきてください」
「うむ、頼む」
左手に持った【シェルシールド】を前面に向け、右手に構えた【ストームランス】の切っ先をシールドの脇から前に出す。
「突撃ぃっ!」
アインツがチャージをかけると、弾き飛ばされた水で、アインツを中心とした水のトンネルが形成される。
カナーティアたちは、アインツの後ろを追うようにして駆け抜ける。
水路にいるリビングデッドたちは、アインツのチャージ攻撃で木っ端微塵に弾け飛び、排水路の天井や壁にその肉片を張り付けていった。
「アインツ殿、そこを左に! 外が見えるはずだ!」
アインツがチャージで駆け抜け、リビングデッドたちを蹴散らしながら、水路の脇道を左へ曲がる。
その先遠くに、かすかではあるが光が見えた。
「出口が見えました!」
「リビングデッドが入ってきたところかもしれない。気を付けろ。
出口は王都と海の中間にある丘へ出るはずだ」
ヴィルヘンドルが注意を喚起する。
水路は上り坂になっており、徐々に水位も低くなる。
その分、リビングデッドも水から出て歩いてくるため、ターゲットが定めやすくなる。
「最後、坂を上りきれ!」
アインツを先頭とした一団が、敵を弾き飛ばしながら坂を駆け上がる。
小高い丘にできた横穴から、アインツたちが飛び出す。
真夜中に城を出たが、外に出た時には、太陽が天頂に近い位置にあった。
「やっぱり、こうなったっスねー」
アインツたちが出た横穴の周りには、リビングデッドが群れを成していて、穴に入ろうとひしめき合っていた。




