57騎 父と子と
「かなりお疲れのご様子。しばしお休みになられてはいかがでしょうか、殿下」
ルシェンドラ軍の本陣、幕舎の中では、ルシェンドラとマーハラーンが、床机椅子に座っている。
ルシェンドラ軍は、王都ケイティパレスが見えるところで陣を張っている。
城壁からは矢が届かない、ギリギリの場所である。
陣は、最前線にリビングデッドを配し、その後ろには人間の兵が少し距離を置いて陣取っている形だ。
リビングデッドは、ルシェンドラが停止の指示を出しているため、微動だにせずただ立っている。
その姿は、その死の原因となった傷も相まって、不気味なかかしの壁となり、王都の兵の士気を下げることに効果があった。
「ジイ、オレはまだやれる。心配するな」
「アンデッドの運用は、ことのほか精神力を消耗されるようですな。このままでは続きませんぞ。
これを持ってきたヴァイスという男は、まだ回復の兆しすら見えないとのことですし」
マーハラーンは、別の大陸からもたらされた使役の杖を、恨みがましく見る。
人類救世戦線の使者として訪れたヴァイスは、リビングデッドを生成した際の疲労で、未だ意識が戻らない状態であった。
それに比べて、ルシェンドラは桁違いのリビングデッドを生成したものの、こうして活動できているということは、桁違いの胆力を持っているといえる。
「確かに、アンデッドの投入で、オウリス平原の戦いでは、我が方が勝利しました。
ですが、ガンツとバルバウが討ち死にし、南部連合軍と帝国軍は壊滅。
残るは我らのみ、3万に満たない兵力でございますぞ」
「それにリビングデッドが1万はおるわ」
「しかしながら、敵には、まだ白銀の者が生き残っていると聞きます。
こちらには、ガンツのような強大な能力を持った者はおりませぬ」
「その対策も、講じておる。
奴ら特殊能力を持つ者どもは、確かに一騎当千の働きをする。
だが、奴らも人間であることには違いないことは、ガンツで証明された。
数で攻めれば、1000人は倒せようとも、1万では倒せるか。10万はどうか」
「消耗戦を強いる、ということでしょうか」
ルシェンドラは、ただうなずく。
(オレとは大人と子供程の力量差があったガンツでさえ、最期はあのざまだ。
これは決闘ではない。戦争なのだ。
たとえ相手が万夫不当の豪傑だとしても、最後には数の暴力に屈することになるさ。
数ならいくらでも作れるリビングデッドがいる。
オレには奴らのような強大な能力は無いが、奴らに負けぬ精神力がある)
手にした使役の杖を握りしめ、ルシェンドラは薄笑いを浮かべた。
(オレの精神力が尽きるか、奴らの能力が枯渇するか、そこが勝負の分かれ道だ)
「あれだけの城だ。大きいことがよいことなのは、兵力があってこそだ。
もはや王国軍は、敗残の兵が1万を切っているに過ぎない。
単純な兵力差で言っても、城を落とすことはできよう」
「確かに、正面突破だけでも、城門を越えることはできましょう。
相手は、他の門もある程度は防備せねばならないでしょうから、その分、兵を割かねばなりません。
守りの側の戦い方を、逆手に取るというわけですな」
「それにだ」
ルシェンドラが使役の杖を見る。
「オレにはこれがある」
スリード王国、王都ケイティパレス。
その中心にある王城の一室、王の寝室にアインツたちがいた。
落ち着いた調度品に囲まれた、気持ちの安らぐ空間を求めて作られた部屋だったろうが、オウリス平原での戦いに敗れ、城壁まで敵が攻め寄せている状況が、心なしか部屋の雰囲気も暗いものとなっていた。
「陛下、お加減はいかがですか」
「おお、アインツか。すまぬな、このような姿で」
ベッドの上で起き上がる寝間着姿の国王を見て、カナーティアが背中を支える。
アインツとマイキーの他には、第四王子のヴィルヘンドルと、侯爵令嬢のカナーティアがいた。
天蓋付きの豪華なベッドは、国王1人が横になるには大きいものだったが、年老いた王は小さく見えるせいか、さらにその大きさが強調されるようであった。
「こたびの戦、ご苦労であったな」
「いえ、勝利をお約束しておきながら、多大な損失を出してしまいました」
「勝敗は兵家の常、また再戦の機会もあろう。だが、そなたの仲間にも、犠牲を出したと聞く」
「……はい。ですが、エレーナが消えたことに関して、まだ確認できていないことがあり、望みはなくなっていないものと思いますので」
「そうか。命ながらえておることを、余も祈ろうではないか」
「勿体なきお言葉」
アインツは、伏し目がちに答えるのが精一杯であった。
「見ての通り、余は以前より病に侵されておってな。表には出さなんだが、実はもう長くない」
「そのようなことを仰られますな。まだまだ、政を行っていただかなくては。国民も、お元気なご様子を待ち望んでおりますよ」
「ははは。気休めでもありがたい。
それでな、アインツ、そなたに頼みがある。そなたにしか頼めぬことだ。受けてはくれまいか」
「私にできることであれば、なんなりと」
王は、カナーティアの手を握り、アインツを見る。
「カナーティアを連れて、城を出てほしい」
「な、なんと」
「状況は理解しておる。今はかろうじて城門を突破されずに済んでおるが、敵の数に対してこちらはまともに戦える兵を持っておらん」
「なればこそ、私たちがお手伝いいたします」
「内乱に巻き込んでしまい、悪いと思うておる。少なからず、王国とそなたのギルドに縁があったというだけで、ここまでのことをしてくれたことには感謝しておるが、これ以上そなたらの血を無駄に流すことはなかろう」
「ですが、そうなれば陛下は!」
「ルシェンドラに国を譲るつもりは毛頭ない。だが、余も老いた身。王太子に跡を継がせようにも、この状況に片を付けねばな」
「陛下……」
王は、カナーティアの手を握りながら、もう一つの手で髪を撫でた。
「これは母親に似てな、白く美しい娘に育った。
これの母親は、一時とはいえ、余を王家のくびきから解き放ってくれたものだった」
「では……」
「公にはしておらぬが、これは余と白の大陸の女との血を引く娘だ」
「へ、陛下が、私の本当のお父様……?」
髪を撫でられるに任せていたカナーティアが、目を丸くして王を見つめる。
噂はあった。
白の大陸の一大国家、エクスパニア共和国の娘が、スリード王国へ極秘裏に入り込んでいたこと。
その娘は、クリング三世が王太子の時に側仕えとしていたが、子を身ごもったため、時の王ベフオルド一世の判断に従い、信の置けるアフナ侯爵に預けられることとなった。
そして、生まれたカナーティアを、アフナ侯爵の娘として育てることにしたのである。
時は流れ、クリング三世が国王となったときには、既にエクスパニアの娘はこの世を去っており、正式に側室として迎えることはかなわなかった。
「今まで、親として接することができなかったことは済まないと思っておる。致し方ないとはいえ、情の薄いことをした」
「……いえ、なにかにつけご配慮いただきましたこと、臣下の娘とはいえ、過分なものと思うてはおりましたが、今、心の曇りが晴れた思いがいたします」
カナーティアは、父王の手を、強く握り返した。
王はアインツに視線を向ける。
「なればこそだ。あの娘の忘れ形見を、護ってもらいたのだ。白銀の守護者に、王からの依頼である」
(そうか。王家の血筋で公爵家の娘であるルシェンドラの妹たちが、有力貴族とはいえ一介の侯爵令嬢のカナーティアにメイドとして仕えていたのは、そういうことだったのか。
国王の娘であれば、公爵家の娘が仕えていてもおかしくはない)
アインツは、白銀の守護者の称号を賜った時のことを思い出した。
(これをルシェンドラが知ったときには、カナーティアへも怒りの刃が向けられるかもしれない……)
「判りました。それでは、夜陰に乗じて城を離れると致します。急ぎ、支度を致しますので」
「頼むぞ。では、ヴィルヘンドル、おまえはアインツ殿について、抜け道を案内せよ。あれは王家の者のみが知る道。そのままおまえは、アインツ殿と共に城を出よ」
「父上、私も城に残りとうございます。カナーティアはアインツ殿が守護することでしょう。なので、私も父上のお側に……」
「ならん、ヴィルヘンドル。
万一の時、おまえがスリード王国の正当な血筋として、王を継ぐのだ。
そのためには、おまえも城を出なくてはならん。共にいて、断絶させるわけにはいかん」
「ならば、そのお役目、カナーティアが務まりましょう。今まで内密にしていたとはいえ、父上の血を引く娘。なんら問題はございますまいに」
王は困ったような顔をして、王子に向き合う。
「カナーティアには今まで辛い思いをさせた。その上王家の責まで負わせることは不憫でならぬ。
おまえには王子として、王を継ぐ者として、恥じぬ教えをしてきたつもりだ。
余もまだくたばりはせぬし、おまえの兄たちも、むざむざと敵の軍門に降ったりはせぬ。信じて、おまえだけでも落ち延びよ。
これは王たる余の命ぞ」
弱々しかった老人から、凛とした声が、王としての威厳を備えた姿から聞こえた。
ヴィルヘンドルは、その声に居住まいを正す。
「かしこまりました。勅命、謹んでお受けいたします」
ヴィルヘンドルが、畏まって片膝をついた礼をする。
「頼んだぞ、ヴィルヘンドル」




