56騎 生者の希望
アインツたちは、オウリス平原で、スリード王国と、それに対抗する連合軍が戦っている、まさにその中心地にいた。
「アインツさん、こいつら、倒しても倒しても湧いて出てきやがるっスよ!」
アインツたちは、弾き飛ばすか、脚を切り落とすなどして、リビングデッドの群れを薙ぎ倒していく。
「もう少しのようだぞ、アインツ殿!」
ヴィルヘンドルが、戦場の喧騒に向かって走る。
「ヴィルヘンドル殿下!」
遠くの兵から声が聞こえる。
「殿下が来てくださったぞ!」
「おお、気合を入れろ! こんなアンデッド軍団にやられるかぁ!」
にわかに王国軍の兵が活気づく。
リビングデッドの群れを中央突破したアインツたちが、王国軍の本体に合流する。
「戦況は! どうなっている!」
「はっ、現在我らが殿となり、軍の退却を支えている状況です」
「そうか。既に撤退が始まっていたか。兄上たちはご無事か?」
「近衛部隊と共に、王都へ向かわれております」
「そうか。で、リビングデッドの群れを突破してきたのだが、奴らはいったい何なのだ」
「それが、我らにも理解できておらぬのですが。左翼軍が壊滅した報を受け、臨戦態勢を取っていたところ、正面からやつら、リビングデッドどもが襲ってきまして。
左翼軍を壊滅させた敵軍は、こちらには攻めてきておりませんので、我らとしても、相手にするのは死者のみ。もはや何が何やら」
「敵陣の様子はどうだったのですか?」
「殿下、この方は」
「白銀の守護者、アインツ殿だ。よい、彼は信頼のおける者だ、申してみよ」
「はっ、それなのですが、物見が言うには、敵軍はこれ以上攻めてこず、遠巻きにこちらの出方をうかがっている様子だったそうです。
あとは散発的に右翼方面から南部連合軍の兵が来たくらいですが、これは部隊とも呼べない個人攻撃のようなものでしたので、特に被害という被害は出なかったようでしたが」
「となると、本隊が戦ったのは、その南部連合軍の兵が少しいただけで、後は」
「はい、リビングデッドの群れが……」
(いったいどうなっている。布陣を見た時には、リビングデッドなどは見当たらなかった。それにあの数だ)
「殿下、リビングデッドには、敵味方含めて様々な兵の鎧や旗指物が見えました。どれもこの戦に加わった部隊のものです」
「そうか。オレもまさかとは思うが、この戦で死んだ者たちが、リビングデッドにされたとしか思えん」
「恐らく、アンデッドを生成して、自軍の損耗を少なくしようという腹積もりなのでしょうが」
「だが、初めは人間同士の戦いであったぞ。リビングデッドなどはおらなんだ」
「はい。なので、この戦の中で、何かが起きたのではないかと。
予想の範疇を越えませんが」
「そうやもしれぬ。にしても、この数、どうにかならんものか!」
「まったくですね」
アインツは、話しながらも寄るリビングデッドの脚を薙ぎ払う。
(これで、少しでも敵の進行速度を鈍らせる効果があればよいのだが)
見れば、脚を切られたリビングデッドに、何体か後続のリビングデッドがつまずき、将棋倒しになっていた。
「退却時、襲ってくるリビングデッドは、歩けなくなるように脚を狙ってください。首や腕を切り落としても、活動は止まりませんが、脚を切り落とせば、他のリビングデッドの邪魔になり、進行が遅くなります」
殿の兵たちは、アインツの進言に従い、無理な戦いはせず、脚を狙って剣を振るう。
だが、敵の数はそれ以上に多く、1人、また1人と、捕まり、咬まれ、死者の群れに飲み込まれていく。
「しかし、このまま王都に撤退したとしても、200万からの住民を避難させることなどできようか」
「だが、リビングデッドの群れを、城壁の中に入れるわけにはいかないだろう」
「どうしたらいい、どうしたら……」
戦い、退きながらも、兵たちには動揺が広がる。
「とにかく、城壁の中には入れないことです。無辜の市民に被害を出すわけにはいきません」
「そろそろ城門が近くなったな。このまま城内に入るか?」
「皆さんは先に入ってください。それまでは、私が城門の跳ね橋を守ります」
「アインツ殿、それでは貴殿が」
「跳ね橋が上がり始めたら、飛び付きますので大丈夫です。リビングデッドの運動能力では、跳ね橋に飛びつくことはできないでしょうから」
「大丈夫か、機会を逃したら、それまでだぞ」
「まぁ、その時はその時で、何とかします! さぁ、城門が……!」
「なん、だと!」
王都ケイティパレスの城壁を見たアインツたちは、驚愕の表情を見せる。
「跳ね橋が……、上がっている」
ケイティパレスの城壁は高く、10メートルはあろうかという頑丈な石壁が立ちはだかる。
その周囲には、幅5メートル程の堀が城壁を囲むようにしており、濁った水が溜まっているため、その深さをうかがい知ることはできない。
殿を務める部隊は、200人を切っていた。
迫りくるリビングデッドの群れは、少なく見積もっても1万は下らない。
「こりゃ、万事休すっスかね」
「アインツ様!」
城壁の上から声がする。
「カナーティア様、何をなされています、そこは危険ですよ!」
「アインツ様、南門を開けております。今であれば、そちらには敵も押し寄せていません! そのまま堀沿いに、南へ向かってくださいませ!」
カナーティアは、城壁の上に立って、南の門を指し示す。
「まったく気丈なお方だ。矢でも飛んできたらと思うと、こちらの方がハラハラしますよ」
アインツはため息交じりに侯爵令嬢を非難するが、その顔にはお転婆な娘に手を焼いている保護者のような笑みがあった。
「ヴィルヘンドル殿下、魔鉱石はお持ちですか」
「いや、オレはもう持っていないが……、誰か魔鉱石を持っている者はいないか!?」
「殿下、私が、少しであれば」
魔鉱石を集めるが、小さいものが3つだけであった。
「これをどうするつもりだ、アインツ殿」
「全て、私に預けて頂けませんか」
「それは構わんが、いったい……」
「これより、私が囮になります。殿下は、南門から城内にお入りください」
「な、何を言うか、そなたはどうするのだ」
「私に考えがあります。1人でなら、対応可能です。
全員で行って、リビングデッドも一緒に南門へ連れて行くわけにもいきませんからね」
「いやしかし」
「殿下、うちのリーダーのいうことっス。信じてやってくださいっス」
ヴィルヘンドルは困惑した顔を見せるが、アインツの意思は揺らがない様子だった。
アインツは魔鉱石を握りしめると、魔力を解放し、自らに取り込む。
「マイキー、頼みました。さぁ、殿下お早く!」
アインツが迫りくるリビングデッドの群れに立ち向かう。
マイキーがそこから離れ、南門へ向かって退路を切り開く。
ヴィルヘンドルがマイキーに続き、他の兵の動きを助ける。
カナーティアの周辺に待機していた弓兵が、アインツの援護に矢を放つ。
マイキーたちからは、既にアインツの姿がリビングデッドに埋もれて見えなくなった。
「アインツさん、すぐ戻ってくるっスよ!」
マイキーたちは、南門に到着し、周りに敵兵がいないことを確認する。
「よし、中に入るっス!」
堀に渡された跳ね橋を使い、マイキーたちがケイティパレスへ入る。
「殿下、後は頼んだっス! オレっちは、アインツさんの所へ行くっス!」
「判った。そちらは任せた!」
「了解っス!」
マイキーは、城壁の街側にある階段を使い、城壁の上に出ると、アインツのいる方向へと駆けて行った。
(アインツさん、無事でいてくださいよ!)
マイキーの進む先に、カナーティアたち一団が、リビングデッドに向けて矢を放っていた。
「お姫さん、アインツさんは!」
「白銀の守護者の方ですね。アインツ様は、まだ……」
アインツは、周囲をリビングデッドに囲まれつつも、【ストームランス】と【シェルシールド】を巧みに使い、敵を寄せ付けないで戦っていた。
「アインツさん! 全員撤収しました!」
アインツが城壁の上にいるマイキーを確認した。
マイキーには、アインツが少し笑ったような気がした。
「アインツさん!」
アインツの周りにいたリビングデッドが、一斉にアインツへ覆いかぶさり、折り重なった人の塊が、小山のようになる。
「アインツさぁん!」
マイキーの声に呼応するかのように、リビングデッドの山から、一条の光が天へ向かって放たれる。
ランスが真上に突き上げられ、そこからアインツが飛び出す。
小山の上に現れたアインツは、リビングデッドの1体の背中を足場にすると、城壁に向かって跳躍した。
「アインツ様、そこは堀……!」
カナーティアが悲痛な叫びを上げると同時に、アインツの身体が空中に足場があるかのような動きで跳んだ。
「空中跳躍!」
さらにアインツが、空中を一蹴りし、右腕を伸ばす。
【ストームランス】は既に霧散し、その力は空中での足場作りに変換されている。
だが、アインツの伸ばした腕は、城壁の一番上には届かない。
「アインツさん! もう3回ジャンプしている……!」
空中跳びの多段ジャンプは、3回が限度だったことは、マイキーも把握している。
リビングデッドの背中を跳躍し、堀の上で跳び、また城壁の前で跳んだ。これで3回。
「いや、まだっ!」
アインツが、さらに空中跳躍を行う。
「そうか! リビングデッドの背中を跳んだ時は、嵐の魔神の力ではなくて……」
空中で3回跳躍したアインツの右手が、城壁にかかる。
「自分の力で跳んでいたンすね!」
アインツの右手を、マイキーたちが掴み、城壁の上へ引き上げる。
肩で息をするアインツは、マイキーたちに親指を立てて、ウインクした。




