55騎 死者の行進
「……ツ……ん、……ンツさん! アインツさん!」
暗闇から意識が戻ると、そこにはマイキーの心配そうな顔があった。
「イケメンがそんな顔をしていたら、モテませんよ?」
「よかった! よかったぁ! アインツさん、アインツさん!」
マイキーはアインツにしがみつくと、声を上げて泣いた。
「息があってなによりだ。立てるか、アインツ殿」
ヴィルヘンドルがアインツに肩を貸す。
「大丈夫、です。それより、どうなりました? エレーナ、エレーナは!?」
アインツは自分が倒れていた場所にある血だまりを見るが、そこにエレーナの姿はなかった。
マイキーもヴィルヘンドルも、うまく言葉にする方法が見つからず、アインツに応えることができない。
「ゴボッ、ゴフッ……、アイン、ツ……」
「ガンツさん!」
「オレは、大丈夫だ。肺は片方……潰れてはいるが。命はある、のは、おまえのおかげだ」
ガンツは仰向けに倒れたまま、血の泡を吹きながら、少しずつ言葉を吐き出していく。
「エレーナは、闇……。おまえの聖騎士の回復術を……かけた後だ。
聖なる光に覆われたかと思った矢先、黒いオーラのようなものが、エレーナを包み込んで、何も見えなくなっちまった……っ、ゴボッ」
「その黒いオーラ、それは今……」
「判らねぇ。そいつが消えた時には、エレーナはいなかった。そう、いなかったんだ」
「アインツさん、オレっちも信じられないンすよ。でもエレちゃん、消えちゃって……」
(だとすれば、あれはなんだったんだ。夢? それとも……)
「ヴィルヘンドル殿下!」
王国軍の兵士が、第四王子を見つけて駆け寄る。
「いかがした」
「はっ、申し上げます!
我が軍左翼は、前線むなしく指揮官含め主だった者が戦死、壊滅に至りました。
また、中央本隊も敵の激しい攻撃にさらされ、もはや撤退もやむなしとのことです」
「そうか。伝令が来るということは、指揮系統がまだ生きているということか。兄上はご無事なのか」
「私が退出した時点では、ご健在であらせられました」
「判った。役目大義」
「はっ……」
伝令は、自分が持ち寄った情報をヴィルヘンドルに伝えると、そのまま倒れ込み、ヴィルヘンドルがそれを受け止める。
背中には無数の矢が刺さっており、ハリネズミのような姿になっていた。
伝令の顔は、仕事をやり遂げた達成感のあるものだった。
「アインツ殿、済まぬがこれも王子たる務め。これから本隊へ赴くが、お2人にもご助力願えないだろうか」
「……エレーナのことは気掛かりですが、今は何も判らない状態ですからね。
ここで立っていても仕方がない。いいですか、マイキー?」
マイキーは、無言でうなずく。
「私も、どこまでお役に立てるか判りませんが、本隊へ向かいましょう」
アインツは、仰向けに倒れたままになっているガンツを見る。
「ガンツさん、ひとまずここでお別れです。
あなたを敵陣まで送り届けるわけにもいかないでしょう。応急手当はしてあります。無理に動かなければ、お味方が拾ってくれることでしょう」
ガンツは視線だけアインツに向け、軽くうなずく。
(復讐という毒気が抜けて、いい顔になってやがる……)
空がどこまでも遠い。
アインツたちがその場を離れて、どれくらい経ったろうか。
「ここにいたか、ガンツ」
仰向けのまま倒れていたガンツに声をかける者がいた。
「ルシェンドラか。おまえこそ、ここで何をしている」
「ご挨拶だな、おまえを探しに来た者に対して」
応急処置で一命をとりとめているものの、疲労の極致にあるガンツは、ルシェンドラの相手をすることすら億劫になっていた。
「だいぶ痛めつけられたようだな」
「ああ、まさかあいつが、ここまでやるとは思っていなかった」
「白銀の者か?」
「そうだ。アインツだ。奴め、いい成長をしている」
「起き上がることはできそうか。なんなら肩を貸そう」
「そうか、済まないな。最強をうたうこのオレが、このザマとはな」
「はははっ、まったくだ」
ルシェンドラは、ガンツに肩を貸すと、引き上げて立たせる。
「南部連合軍の兵士どもはどうした?」
「ん、ああ。ほとんどは討ち取られたろう。だが、それでもかなりの数、敵の本隊へ攻め入っているとは思うが」
「そうか。とはいえ、それ程期待はできなさそうだな。なんせ司令官がここで寝ていたんだからな」
「耳が痛いぜ。オレが引き連れてきたやつらだからなあ。もうここには1人もいないしな」
「なら、安心だな……」
ガンツの脇腹から【氷雨】が突き刺さり、切っ先が背中へと抜ける。
「このままいけば、王都の占領も間もなくだ。
そんな折に、丁度良く弱ってくれたな」
青白く光る幅広の魔法の剣が、ガンツの身体に深く突き刺さっていく。
「オレより強くて、オレを顎で使おうとするなんざ、邪魔でしょうがないんでな。ここらでご退場願おうってことだ」
「て、てめぇ……!」
「ガンツ、おまえが白銀の者とつながっているのは判ってんだ」
「んな、バカな、オレはアインツとは関係ねぇ」
ルシェンドラは、懐から1枚の紙を取り出す。
「そ、それは……」
「おまえが奴らとつながっている証拠だ。
中には、”またうまい酒を一緒に飲みたいものだ”とある。
これは、あいつらと仲良く、オレやこの王国を飲み込んでやろうっていうことだろう?」
「ち、ちが……」
【氷雨】が、ガンツの身体をえぐるように食い込んでいく。
「とどめもささずに、生かしておいて、こうしてオレの元へ潜り込ませようったって、そうはいかねえよ、白銀のぉ!」
ルシェンドラは、そこにはいないアインツの謀略を看破したという興奮で、抱えたガンツの身体に剣をねじ込み、かき回す。
ガンツは白目をむき、口からは血の泡を吹いてうなだれたまま、動かなくなる。
「心配すんな。おまえが死んだ後は、オレがうまく使ってやるからよ」
ルシェンドラは、腰に下げた杖をさする。
「オレを王にしてくれたことには、感謝するぜ」
アインツたちは、中央の本隊がいる戦場へ急行する。
途中、戦場跡を通過するが、戦った形跡のみだった。
折れた矢や、血痕はある。ところどころ、切り落とされた腕や脚が転がっているが、人の形をとどめている死体は見当たらない。
「これ、死体が転がっている様子がないンすけど、おかしくないっスかね?」
「確かに、違和感があるな……。全員が、負傷兵して収容されたとも思えない」
「オレっち、嫌な予感がするっスよ……」
オウリス平原を進むアインツたちの先には、戦場の土煙が上がっており、そのさらに奥には、スリード王国の王都ケイティパレスが、遠いながらも見ることができる。
「土煙に、剣戟の音が近い。アインツ殿、精神力の回復度合いはどうだろうか」
「手持ちのアイテムはもう無いので、伝令の方が持っていた魔鉱石があって助かりました。
連発はできませんが、ある程度の技は使えるでしょう」
「オレっちも、少し休めたから、石飛礫の魔神に命令することくらいならできるっスよ」
「マイキー殿、それは頼もしいな。兵たちが見えた。突撃を敢行し、本陣へ進もう!」
「了解っス!」
「判りました」
マイキーの周りに石の塊が浮遊する。
アインツは、【ストームランス】と【シェルシールド】を構えて、戦場へ突入する。
ヴィルヘンドルが剣を構え、それに続く。
王国軍本隊を攻撃している中には、王国軍の兵の姿も見えた。
「どういうことだ、敵兵だけではなく、同士討ちまでしているとは! ん? あいつは……」
ヴィルヘンドルが、見知った旗印の兵に駆け寄る。
「おい、おまえ、確か伯爵の所の兵士長ではないか! どういうことだ、これは!」
ヴィルヘンドルが背を向けている兵士長の肩を掴み、振り向かせようとする。
兵士長は、ヴィルヘンドルの方へ振り向いた、ように見えた。
喉元が大きく裂け、首だけが後ろに転がるようにして向きを変えた。
その目は虚ろで、生気のかけらもなかった。
「な、なんだ! こいつらは!」
ヴィルヘンドルに戦慄が走る。
見れば、周りの兵は、全て何らかの傷を負っている。
それも、見ただけで致命傷と判るものばかりだ。
「殿下、リビングデッドです! こいつらは生者ではありません!」
いち早くアインツが混乱から回復し、敵の様相を看破する。
リビングデッドは、生物ではない。
生物だったものが死を迎え、その亡骸となったものに、低級の魂が乗り移ったり、魔法で操られて動いているものに過ぎない。
元ある生物の肉体と魂で成り立っているわけではないため、頭部を破壊しようが、腕を切り落とされようが、その活動は止まらない。
完全に停止させるには、肉体を操作するものから解放するか、動くこと自体できない程度に分解することである。
魔法で操作されているリビングデッドの場合、その魔力の供給を断つことで、一切の動きを停止させることができる。
「こいつらは自然発生したものとは思えません。誰かが操っているはずです!
そいつを倒せば、活動停止するでしょう」
「逆に言えば、そいつを倒さない限り、こいつらは止まらない、と」
「そういうことです」
「死者を冒涜する所業、虫唾が走るわ!」
完全ではないものの、脚を切り落とせばそれ以上歩くことはできない。手を切り落とせば武器は持てなくなる。
アインツたちは、リビングデッドの無力化を行いつつ、戦場を駆け抜ける。
「声のする方向が、まだ生きている者のいる場所です! そちらへ向かいましょう!」




